1 頑張ることがなぜ良しとされるのか
頑張ることに疲れてしまった方へ。
一生懸命やっても結果が出なかった方へ。
自分の頑張りが無駄に思えて生きる気力を失ってしまっている方へ。
そんなあなたに対して、
他人は「くよくよするな、頑張れ!」
という言葉を
つい励ましのつもりでかけてしまいがちです。
ぎりぎりまで頑張って、
祈るように念じて思いを込め頑張ったことでも、
結果が伴わなかった時。
やっぱり悲しくなりますし、
自分を無価値なものと思いたくもなります。
そして、それは
他人には絶対にわかりえない感情でもあります。
たとえば、10代の頃の失恋や、
受験不合格といったことは
40歳、50歳以上の大人であれば
「そんな挫折、人生で大したことないぞ!
人生はもっと長い。気にするな」
と軽く思えるものです。
でも、まだ世の中も知らず
視野が狭い若者にとっては、
この先、一生の人生観やマインドを決めてしまう
一大事でもあるんです。
本人が目いっぱい頑張って打ちひしがれた時、
他人からさらに
「頑張れ!」
などと言われたら
「これ以上、どう頑張れと言うのか!」
という気持ちにもなるでしょう。
でも、神様が見ているのは結果ではありません。
結果の良し悪しを価値基準にしているのは
人間だけであって、
神様は結果を出したかどうかなど
まったく気にしていません。
むしろ、結果が出なかった時の
心の持ち方をものすご~く見ています。
もちろん結果を出せたら素晴らしいことです。
でも
心ある人は、
一生懸命やることに意義がある
ことを知っています。
トライすること、
チャレンジすること、
行動を起こしたこと
に意味があることを知っています。
でも、なぜ一生懸命やることが
良いことなのか理由を説明できる人は少ないはずです。
人間は結果云々に関わらず、
一生懸命全力で取り組むことで
心もスキルも経験もすべて
その魂を輝かせ、
その人の身になります。
結果はほんの時間を区切った
静止画でしかありません。
よく失敗は成功の基と言いますが、
神様は人間の人生ストーリーを見ています。
静止画には関心がありません。
どれだけ心を磨くか、
どれだけ経験を自分の身に付けるか。
そしてその肥やしを後の成功につなげて、
しかもその成功で受け取った倖せを
多くの人に
分け与えることを最終的に望んでいます。
結果が出て大喜びするよりは、
結果が出なかった辛い時にどう思うか、
どう考えるかが
実は
人生のクライマックス的に重要なことであり、
チャンスでもあるんです。
だから。
あなたが苦しい時こそ
神様がそばで見ていると思って、
けっして腐らずに
自分の心を磨いていきましょう。
チャレンジすること、行動すること
それ自体に価値があるのは、
神様がそこを一番大事だとしていることを、
人間は神様の分身であるため
無意識に知っているからです。
この世では、結果を出した人が賞賛されますが、
一歩
あの世に帰ると、
結果を出せなかった時、
腐らずに心を上向きにして進み続けた人間が
一番
賞賛されます。
ちなみに、結果を出せた時
神様は
どこを見てるか、というと、
その倖せに感謝し、
周りや社会に還元しようとするか、
自分だけ調子に乗って
有頂天になってしまうか、
です。