どんなことがあったとしても、

二十代がとても強情で楽しくすべてが花嫁修業気分で華やかだった事実。

この事実をくださりました遠山先生には、私とても感謝しています。

三十代の今、ぼろぼろにだるいけど、

二十代を思い出せば吹き飛ぶ。

あの輝かしい遠山先生の脳内レッスンは、

今の私にもちゃんと残っていて、

あの頃克服出来なかったことも、

自力で克服して近所の変わり者な奥さんとも仲良く過ごしています。

遠山先生には、甘えっぱなしだったのはお薬よりもお話でした。

悩みを片っ端から笑わせる遠山先生は、頼もしく、楽しく、いつまでもシングルな私を寂しくさせなかった。

遠山先生がついてる私は無敵だった。

お薬の調合のエースと皆は呼ぶけど、

対話で人の悩みを笑い話にしてくれて、

それが一番天才的で魅力だった。

なごませてくれる先生は、誰よりも幸せを呼んでくれた存在。

たとえ二十代だけだったとしても、栄えていて、心が優しかった時代がこの人生にあった事実は、変わらないから。

感謝も変わらないから。

先生を好きな気持ちも変わらないから。

運命とは、永遠じゃないこともある。

人生に登場するのが早くて、パッと隠れてしまうことがある。

だからといって、いないからって不幸だとは限らない。

遠山先生は永遠。

誰がどんなに納得できそうな説明や弁論しようとも、

患者が眠れることのため戦ったお医者さんです。

今、もしも、お医者さんしてなくても、

私にとって遠山先生は幸せをくれた大切な人。

ただ、私としたことが、

遠山先生と名前も顔も似ていて同じ病院で働く女医さんに嫉妬してしまったことがあやまちでした。

自分のほうが若いくせに、患者のくせに、思い上がるのがおかしかった。

好き過ぎて、主治医でいてくださるよりももっとそばにいてほしかった。

そういうのって思い上がり。

それでも、私を先生は私を傷つけたりしないで去った。

とても幸せな二十代から、三十代へやってきて、三十代も幸せなことがあったよ。

とても叱られたけど、

私のために叱ってくれる人初めてだったから、すぐ泣き止んだ。

で、嬉しかった。

その先生も去ったけれど、三十代は急ピッチでいろんなこと考えては成長しています。

あさはかだった私が、すこしでも社会に取り残されないよう、急ピッチで頭の中が忙しく散らかって、片っ端から片付けです。

あの頃聴いていた幸せな音楽聴いて、立ち上がる。

先生には迷惑かけて何もできることないけど、

感謝だけはいつもしてます。

いつも辛い時は先生のいた二十代思い出して、

自己嫌悪から必ず復活するから。

人として何て言ったらいいかわからない場面多くて苦しむけど、

思いはあるから。


頭の中に思い浮かべた歌詞が、

入院中パソコンに文字になって出てきて、

それを読んだ看護師達が、私が思ってることと勘違いして、

罵声浴びせたけど、

私は統合失調症のくせにほっといてほしい人間というか、本音なんて誰にも読まれるもんか、と考えるタイプなので、

ずっと頭の中歌ってました。入院中。

疲れましたよ。

医療は進みつつ、まだ音楽なのか考えなのか見分けがつかないみたいですね。

困りました。

入院したくないね。