今日は
先日観た
『ナージャの村』と
同じ監督である
本橋成一氏の作品
『アレクセイと泉』を
観てきました^^
in ポレポレ東中野

今回の作品のあらましを簡単に…^^
1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から、北東に180キロの村が舞台。
ベラルーシ共和国の小さな農村
ブジシチェ村。
政府によって移住勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。
残ったのは、55人の年寄りと1人の青年アレクセイだけ。
そんなブジシチェ村の中心には、
まるで奇跡のように、
放射能がまったく検出されない
「泉」があった。
村人たちはこの泉を
「百年の泉」と呼ぶ。
大地に降り注いだ雨が地面に染み込み、百年以上の歳月を経て再び地表に湧き出ているというのだ。
彼らは長い天秤棒を巧みに操り、この泉から水を汲み上げる。
毎日まいにち…
(パンフより抜粋)
★
周囲は
大地も森も放射能で汚染されているのに、
この泉だけは
放射能が検出されなかったということに
まず驚きました
放射能に汚染された村の悲劇というよりも
村人たちが
完全な自給自足で
暮らしている姿の素晴らしさに
呆然とした気分になりました^^;
西暦2000年。
高度文明の中で
暮らしている私たちは
電気ガス水道、
もろもろの道具がないと
何もできないと思いがちです^^;
でも彼らは
百年の泉を中心に、
完全な自給自足で生活している。
古くなった泉の木枠を
ノコギリと手斧だけで
新しく作ってしまいました。
釘なしで!
木を切り倒す作業から
組み目を器用に削り、
泉に設置する。
重労働には違いないけれど
その技術の素晴らしさに驚かされました。
文明が発達すればするほど
人間の五感や技術は
退化するんだな~と
改めて痛感。
なんでもコンピュータに任せればいい、ってのは
やっぱり賛成できないな~
あんまり便利すぎてもね。
彼らは、
泉のほとりに
手作りの木製の十字架を設置したり
バケツに汲んだ水に十字架を入れた「聖水」で、
家の中を清め、その聖水を瓶に入れて
1年間部屋に祀る風習など…。
自然と共存しながら
自然の恵みに感謝する。
ホント
見習いたいです^^
先日観た
『ナージャの村』と
同じ監督である
本橋成一氏の作品
『アレクセイと泉』を
観てきました^^
in ポレポレ東中野

今回の作品のあらましを簡単に…^^
1986年に爆発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所から、北東に180キロの村が舞台。
ベラルーシ共和国の小さな農村
ブジシチェ村。
政府によって移住勧告が出され、600人の住人のほとんどが村を去った。
残ったのは、55人の年寄りと1人の青年アレクセイだけ。
そんなブジシチェ村の中心には、
まるで奇跡のように、
放射能がまったく検出されない
「泉」があった。
村人たちはこの泉を
「百年の泉」と呼ぶ。
大地に降り注いだ雨が地面に染み込み、百年以上の歳月を経て再び地表に湧き出ているというのだ。
彼らは長い天秤棒を巧みに操り、この泉から水を汲み上げる。
毎日まいにち…
(パンフより抜粋)
★
周囲は
大地も森も放射能で汚染されているのに、
この泉だけは
放射能が検出されなかったということに
まず驚きました

放射能に汚染された村の悲劇というよりも
村人たちが
完全な自給自足で
暮らしている姿の素晴らしさに
呆然とした気分になりました^^;
西暦2000年。
高度文明の中で
暮らしている私たちは
電気ガス水道、
もろもろの道具がないと
何もできないと思いがちです^^;
でも彼らは
百年の泉を中心に、
完全な自給自足で生活している。
古くなった泉の木枠を
ノコギリと手斧だけで
新しく作ってしまいました。
釘なしで!
木を切り倒す作業から
組み目を器用に削り、
泉に設置する。
重労働には違いないけれど
その技術の素晴らしさに驚かされました。
文明が発達すればするほど
人間の五感や技術は
退化するんだな~と
改めて痛感。
なんでもコンピュータに任せればいい、ってのは
やっぱり賛成できないな~
あんまり便利すぎてもね。
彼らは、
泉のほとりに
手作りの木製の十字架を設置したり
バケツに汲んだ水に十字架を入れた「聖水」で、
家の中を清め、その聖水を瓶に入れて
1年間部屋に祀る風習など…。
自然と共存しながら
自然の恵みに感謝する。
ホント
見習いたいです^^