「ありのまま」ってどういうことか考えていた。
ずーっと考えていたら、「ありのまま」から遠い所にきてしまったようだ。
この数ヶ月の間に色んな過去世を思い出し、
神聖な人、かわいそうな人、強い人、弱い人、だめな人、普通な人などを
色々と体験してきた私。
その時代が作り出す2元性を感じ、その枠に囚われなくなってきていた。
人から「良い」「悪い」と聞くと違和感があった。
視野が広くなったことは多面的に物事を考えるようになったので
気持ち的に楽になっていたけど、
まさか2元性を自分が否定していたことに気がつかなかった。
2元性が存在していることは「ありのまま」の状態だった。
それを否定したところで状況はなくならないし、
むしろ無くそうとすることが「不自然」なことではないだろうか。
私は母に「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けた。
子供ながらに「姉」だからって理不尽だと感じていた。妹はいいなって。
(大人になってから母に謝られたけれども)
でも私が「姉」という事実は変わらない。
家族の中の位置は一生変わらない。
それが「ありのまま」なんだ。
世の中にも私の中にも「良い」「悪い」が存在する。
これが「ありのまま」なんだ。
一般的な「いい人」になることは私にとって不自然なこと。
一般的な「嫌な部分」がある私を「悪い」ととらえて否定している私も「ありのまま」
(「いい人」じゃないと「愛されない」と思う条件付けが私にはあることを知っている)
現実を否定して「悪い」が存在しない理想郷を描いていたんだと気付いた。
一生懸命働いてボロボロになった私を否定していたんだ。
今私にもっとも必要なことは「どうしたいのか」という1点だけ。
自分の内側に問いかけ、自分で選択すること。
すべては「ありのまま」に存在しているのだから。
ずーっと考えていたら、「ありのまま」から遠い所にきてしまったようだ。
この数ヶ月の間に色んな過去世を思い出し、
神聖な人、かわいそうな人、強い人、弱い人、だめな人、普通な人などを
色々と体験してきた私。
その時代が作り出す2元性を感じ、その枠に囚われなくなってきていた。
人から「良い」「悪い」と聞くと違和感があった。
視野が広くなったことは多面的に物事を考えるようになったので
気持ち的に楽になっていたけど、
まさか2元性を自分が否定していたことに気がつかなかった。
2元性が存在していることは「ありのまま」の状態だった。
それを否定したところで状況はなくならないし、
むしろ無くそうとすることが「不自然」なことではないだろうか。
私は母に「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言われ続けた。
子供ながらに「姉」だからって理不尽だと感じていた。妹はいいなって。
(大人になってから母に謝られたけれども)
でも私が「姉」という事実は変わらない。
家族の中の位置は一生変わらない。
それが「ありのまま」なんだ。
世の中にも私の中にも「良い」「悪い」が存在する。
これが「ありのまま」なんだ。
一般的な「いい人」になることは私にとって不自然なこと。
一般的な「嫌な部分」がある私を「悪い」ととらえて否定している私も「ありのまま」
(「いい人」じゃないと「愛されない」と思う条件付けが私にはあることを知っている)
現実を否定して「悪い」が存在しない理想郷を描いていたんだと気付いた。
一生懸命働いてボロボロになった私を否定していたんだ。
今私にもっとも必要なことは「どうしたいのか」という1点だけ。
自分の内側に問いかけ、自分で選択すること。
すべては「ありのまま」に存在しているのだから。



