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中身つくる

自分の中身つくろ

自分や、人間と言うものに対してスレた見方をする人が最近多いと聞かされました。確かに最近の職場事情や普通の会話を聞いていても、自分には出来ないという内容や期待していない内容の言葉があちこちに散りばめられています。

しかし本当のところ失望や、期待せずいきているという事はあり得ませんし無理でしょう。だからこそ落胆やつらさが伴うのですから。
そんなものすら感じないという人もでてきそうですが、否定して欲しければいってきてください。



 自分のポテンシャルというのは誰にもわかりません。わかったようなふりをしているだけです。親や本人でさえわかっていないものに口出しできるようなことはありません。しかし、確実なことは体が不自由である乙武さんや知恵遅れをもっている人は?といわれれば私は対等以上に自信のポテンシャルは高いと答えられます。

自分の不自由であることを知っていること、出来ないことを知っているというのはとてもすごいことです。現在の日本では特に生活一般に困ることがほとんどないためそこに気づくのは困難ですし、それを知っているからこそ自分のできることに限りなく全力を注げるということです。



つまり、ポテンシャルを知っているのは全力を出しきって死ぬ瞬間だけということです。全力を出さずに死ぬのではわかることもありません。
人にとって自分の才能や運というのは全力を出していれば文句も後悔もありません。このことに関してはわたしは全力を尽くさず文句をいう人には馬鹿だなと。

全力を出すというのは案外難しいですが、頭を使うことよりも体をまず使うことが一番いい方法です。

プロフェッショナルと言う言葉で志や行動をしめしていた時代が少し前にあった。

もちろんそれ自体がなくなったわけでもないし、間違っているわけでもない。

ただ


 それを目指すことに疑問すら抱いてしまう人たちにも届いて欲しい思いからこれを書きます。

 プロというとゴルフや野球などスポーツが先に思い出される。
その時点での認識は【それだけで飯を食う】という感じでほぼ間違いない。
 その枠中では、画家や文化人、芸能人以外にも経営者や会社勤めの人まで幅はひろいだろう。

では

 釣りバカ日誌の主人公ハマちゃんや副業で会社の給料を超えている人。などはどうだろう。

逆に

 売れない芸人やアイドル、フリーターやニートなんかはどうか。


 ハマちゃんはさぼりまくりで仕事がおろそかだが給料で暮らしていて、副業は仕事をしているかも知れないが副業のほうが生活を支えている。
夢を叶えるためアイドルや芸人はアルバイトで生計を立て、フリーターやニートは(今は)というくくりを考えていなければ行く末さえ考えていない。



 私はまずプロフェッショナルという心を定義したい
1,困難にもどうすれば上手く行くのかという取り組みの姿勢
2,お金ではなく責任とその結果を報酬とする
3,自分の行動は自分の決断によってのみ行われるので周りからの影響を受けない。

3,に関しては少し難しいこともあるが、宿題や勉強から仕事や人助けまで世の中に常識とは1人の中にしか存在しない以上その行動を決めているのも自分である。たとえば周りの影響を受けやすい というのもその人の特性であって周りが本当の意味で強制したものではない。


 少し話をかえるが、プロフェッショナルにはどうやってなるのか。
1,出会い
2,知識
3,責任
の3つでプロと呼べるだろう。

1,何にしても関わることのないもののプロとは言えない。これはいつ出会うとしても会うということだけでいい。プロに遅いはない。

2,それに関しては即座に答えられる、もしくは対策を練ることが出来る必要がある。

3,その結果は自分が招くのであって良くても悪くても逃げてはプロと言えない。そして自分がその社会に関わっている以上その世界に与えるイメージや影響に関しても考えなければいけない。


全ての人になにかしらのプロだという認識を持ってもらいたい 子供のうちは子供として、学生としてアルバイトとして。親として教育者として、大人として。

楽しむことも、考えることも引きこもりも。
プロとしては自信を持って欲しい。

は?と思った方は文句をいくらでもいってきて欲しい。

世の中にすぐれたものは多く存在します。

書物
美術
音楽
古典からモダンなど

それらにふれることはとても大きな力を持ちます。

とても素敵な絵に出会いました。おかげで私は今絵を描き幸せです。

あの音楽があったからこそ前向きになれたし周りにそれを分けることすら出来るようになった。

あのほんが今私がここにいる理由の全てです。



これらは実際にある多くの偉人の言葉でもあります。
別にあなたが偉人である必要もそうなる必要もありませんが、そうなるだけのエネルギーがすぐれたものには備わっています。

しかし



そのエネルギーは使い切ってしまったり、他のものにかきけされたりします。
ある感動を次の日全く忘れていたり、ある期間が過ぎたあと違うことをしていたりします。

素晴らしいもの、すぐれたものはエネルギーを発していますがそれは近くで、わずかな時間にしか活きません。

故にそれが何であれ、常に近くにおいたり、聞いたり見たり出来る状態を持つことが自分を高めるために必要であると言えます。



最後にそれぞれのエネルギーは相互に協力しあうこともあれば反発し打ち消しあうこともあります。
それは人によって相性があるので確かめてみる必要があります。

私は尊敬するあの人のように端的に伝えることも伝える影響力も小さいがどうかこの思いが伝わることを願います。



社会に出てすぐにお世話になったコンサルティングの方に教えていただいたことがある。

まず、体に汗をかいて必死になる
そして脳に汗をかいて必死に考える
心に汗をかいてたくさん感じる

ことが重要だと。
その方のいうことは曖昧なコンサルティングの言葉ではなく、重要で分かり易く腑に落ちた。

そして今私はそれを学生にこそ伝えたいと思う。
高校に入れば殆どの人はアルバイトができるだろう。
そしてクラブや、友人、先生や周りの大人など感じることも勉強することも全てが出来る。

世の中では学生時代にどちらかが出来るからどちらかが無理だと思っている学生が多いが、文武両道ということばもあるようにそれは切り離せることではなく、また同時にあるからこそ発揮する特殊効果のようなものもある。



アルバイトはとても重要な要素となるでしょう。働き口に迷うならば時給も内容も考えず飛び込み必死にやってほしい。
時給で自分のパフォーマンスを抑えるようなことは決してしてはいけない。

クラブ活動は文系であれ運動系であれ常に日本一を目指すくらいに思って欲しい。仲間と必死に頑張るだろう。もしくは1人でも必死に考えるだろう。
頑張った結果はどこかで披露しよう。
たとえ思ったより自分が出来なくても、人に評価されなくても。

勉強は時間でするものじゃないと気づくと楽しめます。
考えること、学ぶこと、そしてそれが次につながっていく様はとても楽しい。
それぞれに適した覚え方があり、最低限必要な環境もある。必死にやるからこそそれぞれに気づけるのだし、自分を発揮できるでしょう。



学生の間に楽しめることはとても多い。
道を踏み外そうが、がり勉だろうが、スポーツバカだろうがかまわない。
それぞれにみちがあるのだから。

ただ私はこれをずっと言い続けようと思います。
それも道でそれも有意義であると思っているから。


学生の間に出来ることはとても多いが、時間は常に進んでいる。その時間の価値に気づくのは時のとまるその瞬間にしかないかもしれない。