今日、帰宅中に上司と少し話したので考えをまとめてみようと思う。


「楽しいと思える仕事はあるか?」

これは非常にシンプルではあるが、

奥が深い問題なのでゆっくり考えてみたい。


自分は曲がりなりにもIT業界でメシを食っているワケで、

そもそも漠然とではあるが、この業界で働きたかったのである。


そして、この仕事は楽しいのか?と自分に問うてみると、

決まってJavaやC#といった開発言語を用いて開発をしていた頃の事を思い出すのだ。

開発の仕事というのは、技術を身につけている感覚が強く、仕事を楽しいと感じやすい。


現在自分は、次のステップとして設計・運用のような仕事をさせてもらっている。

ウチのような零細企業でこんな仕事をこんな若者にやらせてもらえるのは

多分…イヤ、かなりの確率で異例なことだと思う。

このような機会を与えられることは光栄であり、

このチャンスを生かすべき!?なのかも知れない。

しかしながらこれらの仕事を楽しいと感じることはあまり無い。


では、なぜ仕事が楽しかったりそうでなかったりするのだろう。


これらを”好き・嫌い”の観点で見てみると

「開発は自分の作ったものがソフトウェアという(物理的ではなく電子的な)形となって

目に見えて成果物を確認できるから楽しい」となり、

「設計や運用はちょっと考慮する範囲が広すぎるし多くの人との正確なコミュニケーションが必要になり

なんだか目標も見えずらいし面倒くさいなぁ」と、感覚でモノを言ってしまうので、

あえてそれらの視点を外して考えてみた。


開発(プログラマー)

 →実現したい機能・要件があって

  それをコーディングという作業によって満たすこと。


設計・運用

 →実現したい機能・要件があって

  それを顧客とのコミュニケーション・運用方針・設計思想・分析調査・過去の資産・etcによって満たすこと。


だいたい自分の経験からこのような表現をしてみたが、

恐らく突っ込みどころ満載だと思われるので、そこは極力スルーして頂きたい。。。


結局開発に比べて設計・運用はその範囲が広大であること。

つまり、より多くの人間を巻き込みつつ、絡まった情報を整理・把握していかなくてはならず、

おまけに自分の責任の範囲も明確にしつつ、時には他の人のご協力を得て作業をするワケなので、

かなりの精神的・肉体的パワーを使って疲れてしまうのである。


おまけに設計や運用の成果を実感できるのは、

それらが抱える問題点や矛盾点に気付かないままカットオーバーを迎えたとき、

つまり結構大変な「事」が起こってしまってからの話なので、

「事」が起こらないことが当たり前とされる世界であるがゆえに

「当たり前」を実感することは中々困難なことなのである。


長くなりそうなので、とりあえずここまでの話をまとめてみると、

自分の作業の影響範囲が極力限定され、仕事の結果が目に見えやすいもの、

食べ物で例えるとジャンクフード的な仕事を好む傾向がある、ということになってしまいそうだ。

しかし誰しも新たな仕事を始めたときは非常に苦労をするものだから

ジャンクフードほどではないにしろ、その場しのぎ的であってはいけないと思う。

自分のこれまでの人生を振り返っても、苦労や辛い経験から自分のスタイルを確立し、

気が付けばそれなりに仕事を回すことができている実績がある。

(失敗はコンスタントにやってしまうのだが)

辛くてもうダメだ、辞めよう、と思う時期を乗り越えて成長してきた経験が今回も適応されるのだろうか、

まぁ結構不安ではあるが少し様子を見たいと思う。


同時に、この道を進むか別の道を進むのか模索したい。

そして極力早期に、少なくともどの道を進むのかくらいは決めておきたいものだ。


ただ、答えが出せるようになっている頃には

「この仕事が楽しい」と感じている気がしなくもないけれど。。。