最近子供に対する傷害・殺人事件がよく目に留まる。


有名どころでは滋賀・奈良・広島・栃木・岐阜・秋田と。

そして川崎市多摩区の男児投げ落とし事件は、

自分がついこの前まで住んでいた所の近所なだけに、ショックかつインパクトがあった。


懐かしのボキャブラ風に言えば、かなりのインパク値だったワケだ。


そして、このインパク値の高かった川崎の男児投げ落とし事件では

犯人のカーテン売りのオッサンに責任能力があるかどうかが、小一時間問われたのだ。


ここで責任能力について、頭の悪い自分が考えてみた。


そして思うのだが、女性・子供・老人を狙った時点で責任能力はあるのでは?と。

犯人は自分が反撃を受けないように考えて行動しているではないか、と。

自分が痛い目に合わない為にわざわざ自分より弱い相手をチョイスし、

とんでもない残酷な行為を働いているではないか、と。

自分を守りつつ反撃できない相手を攻撃する、きちんと考えているのだ。


これで責任能力がないなんていう結論が出たとしたら

誰が救われるというのだろう。


多分世の中がおかしいのではなく昔からこうだったんだろうけど

最近の事件からもわかるように、自分を保つ為に周りを下げる人が多すぎる。

いや、「世の中」を見てみるとこの類の人間がわんさかといるではないか。


アホか。


黙って自分で上を目指せばいいのに。

ライバルは蹴落とす為にいるのではなく、自分を高める為にいるハズだ。

蹴落としてたんじゃ、いつまで経っても成長はありえない。


でも、きっとそういうやつらが世の中での成功率が高い!

上を見ればそうやって人を蹴落として上り詰めていった人ばかりだ。


ちっくしょー!


と、もうかなり脱線してしまったが、一番言いたかったことは、

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」

と、2006年現在の一万円札に描かれたオッサンが代弁してくれているので省略しておこう。

なんなら省略ついでに%1と置くことにしよう。


「%1」と云へり。