こんにちは!自分づくりセミナースタッフの鳥越です。

今回のテーマは「客観視と認識替え」です。

客観視と認識替えは2つで1セットの一生付き合っていく思考です。
これを繰り返せば繰り返すほど、心軽く楽しく生きていけます!

 

客観視と認識替えの正しい方法は、田路氏のセミナーや個人セッションで
学べることができます。
一度学ぶと大抵の方は自律が進み、どんどん客観視を行い、
認識替えして自分らしい人生を歩んでいます。

私は怒りや悲しみ、憤りを感じたときは、「心のSOS」と捉えて
客観視と認識替えを行います。

ここで一つ私の客観視と認識替えエピソードを綴りたいと思います。

何かに悩んだ時は参考にしていただければ幸いです。


私は、田路氏からよく「優等生気質を解放しなさい」と言われていた。
確かに私は学生時代、優等生を経験したことがあったが、優等生でいても
人生いいことが起こらないとわかってからは優等生を脱ぎ捨てた。

その私のどういった言動が優等生であるのか憤っていたところに

「心のSOS」を感じ取りすぐに客観視を始めた。

幼い頃まで遡った。

私が幼い頃に感じた母の印象と、今とでは180度違う。
というのも、幼いころの私の目を通すと母はまるで鬼のようだった。

私と弟が寒い冬の朝にストーブの前で着替えをしていた時、姉弟そろって火傷をしてしまった時のこと。
母は慌てて弟に近寄り冷やしてあげていたが、私には手当てがなく、そのままトレーナーを着させられた。布が患部に擦れて一日中痛かったのを覚えている。

私と弟は1つしか歳が離れていないが、扱いは歳の数よりも違っていたように記憶している。
私が弟の存在を認識した頃から、どうにかして弟と同じように扱われたくて苦慮していた。

小学生の頃、母に邪険に扱われて窮屈だった毎日に終止符を打ちたくて、「学級代表になる」と決意の挙手をした。
クラスメート全員が目を丸くしたのは、私がそのようなタイプではないと認識していたからに違いない。
私は、そんなクラスメートのリアクションに優越感を感じていたが、母はクラスメートのように
コントロールできなかった……

 

母の機嫌取りに執着していたという事実を客観視しました。

 

ここからどのような認識替えをしていくのでしょうか?

 

後編へ続く

 

自分づくりセミナーでは、客観視や認識替えのヒントがたくさん隠されています。

 

 

自分づくりセミナーを経て、生きるヒントを得られた方もいらっしゃいますし、

個人セッションやグループセッションの受講を始め、自分のあり方をつかみ

イキイキニコニコワクワクお願いの人生を歩んでいる方もいらっしゃいます。

 

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是非お越しくださいニコニコ

 

では

 

スタッフ 鳥越