自分は協調協和の性格で、ヒトと仲良く調和していくことが多い。
でも実はこれは、調和しているようで、
自分の感情を押し殺して、他人に合わせていただけなのかもしれない。
自分の気持ちを大事にしていないのだろうか。
本当の調和は自分を大事にし、同じように他人を大事にすることなのだろう。
自分のやりたいことをし、他人もやりたいことをする。
普通であれば、ぶつかってしまい喧嘩になってしまうかもしれないけど、
そこで調和がとれる。
というのが本当の意味での調和なのだろうか。
キリスト教の汝を愛すると同じように、
隣人を愛せよ、
なんているのもこういったことをいっているのかな。
自分の気持ちを大事にしないのは、
長い習慣のようで、自分がどうしたしたいか、
を主張する事が少ない。
正確に言うと、やりたいことがあっても、
まず周りのヒトの意見を聞いてから自分の意見を言う。
どうしてもこれがしたいなんて自己主張することはまずない。
自分勝手のせいで調和が乱れるのを恐れているのかもしれない。
そう考えると、自分が調和と思っているのは、本当の意味の調和ではなく、
自分らしさを出したあとに、一度調和が崩れて、
本当の意味のバランスの取れた調和が訪れるのだろう。
自分一人のときや彼女といるときは、逆に意固地であったり、自分勝手であったりする。
続く