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死の予行演習

滅多に起こることのない火事対する消防訓練はするのに、確実にみんなに100バーセント起こる死ぬということに対する準備をしないのは、不思議なことですね。身近なな人が亡くなった時などに、ふと自分自身の死のことが一瞬頭をよぎることもありますが、多くは他人こととして片付けてしまいすぐに忘れてしまいます。病気なって医師に告知されて初めて目前に迫りくる死の問題に取り組むのが常のようです。何も常に死について考えろと言うのではありませんが、生きる上で、この問題を心に留めることで、生きるということに深みがでてくるように思います。明るい日差しの中にいる時には、光の存在を当たり前のこととして捉えてしまいますが、例えば京都の古民家の奥に居て、暗い部屋の中で、そこに差し込む一条の光を見た時には、光の暖かみ、美しさを改めて感じます。生きると言うこと、その深みを感じるために、暗い側、死の方に立って生きると言うことは、意味のあることだと思います。境界に立って考えること、臨死臨生の考え方を、私は現代の医療の中に取り込んでいくことが必要だと思っています。敢えて誤解を恐れずに言いますと、死を前提にした医療が必要だと思います。

心の準備

安らかな最後を迎えるには日頃から少しづつ、それぞれに死生感について考えておく必要があると思います。出来れば40歳を過ぎた頃から。遅くとも45歳頃にはこの問題について考えていく必要があると思います。生きることに忙しいこの時期に、なんで死ぬことを考える必要があるの?と思われるかもしれませんが、ちょうどこの時期は人生の折り返しが始まる時期なのです。後半の人生を生きるに当たって、前半とは少し異なった生き方が求められるようになります。前半の人生を上り坂だとすれば、後半は下り坂、また前半を午前だとすれば後半は午後に例えることができます。しっかりと先を見つめて生きることで、後半の人生が前半のものとは、異なった質のものになってくるはずです。

医療難民

大阪の下町の病院で外来診察を週に2回やっています。最近見られる傾向ですが、患者さんに血液検査が必要なので、するように勧めると、次回にしますと言う答えが返ってくることがあります。カルテを見ると長い間全く検査を受けていないケースもあり、検査の必要性を説明しても、次回にします。と言うばかりです。さらに検査を拒む理由を問いただして見ると、やっと年金暮らしで、診察にくるに、クスリ代しかもってきていないので、ダメだと言うのです。最近の医療の深刻な問題の現れの一つですが、悲しいことです。