顔を見たその後に | 雨のあとのにおい

顔を見たその後に

薄ぼんやりとした闇で二人は言葉を交わしていた.

それぞれの車に乗り込む寸前,男が声をかける.

女はつれない表情でこたえる.

事態がいつの間にか変わっていたことに,男はようやく気付く.

過ちはただの過ちでしかなく,何の発展性もないことにも.


いつの間にか芽生えてしまっていた依存の感情が落胆を誘う.

落胆することでいったい何になろうか,

自らの心の動きに疑問を持ちながらも,簡単にそれを抑え込むこともできず,男は呻く.

叫びたい気持ちになっても叫ぶこともできず,鬱屈した感情を飲み込むだけ.

ただ酩酊して明日を待つだけ.


女はわかっている.

それが本意ではないことを.

明日になれば忘れてしまうことを.

包み込む誘惑が崖のすぐ傍にあることを.

本当は迷いの中にある自分のこころも.


ラジオから流れる音楽が空気を揺らしている.

その空気に共振するかのように,気持ちも揺らぐ.

静かにため息をつく二人.

街灯が車の中を詮索しては遠ざかっていく.


世界は変わらない.

明日も今日も.

すれ違う二人が共有したのは静かなため息だけ.

長く静かなため息だけだった.