爺様モード
こんにちは。天上絵師KAWAZOです。
いつもありがとうございます。
前の記事で、友人達の問答ブームがこっちに波及してお題3点一括回答を要求された…と書きました。
その回答を上げる前に、「爺様モード」について、書いておきます。
たぶん、これからも度々登場することになるという気がするので。
自分の素の文体(今のこういう感じ)に並ぶ、非常に書きやすくて使えるモードだと感じますので。
話題によっては、爺様モードの方が素の文体よりサクサク文章が進みそうです。
(実際、某友人とのメールは半分くらいが爺様モードによる進行になってきております)
爺様キャラを認知したのは、エンジェル瞑想ファシリテーター養成講座からでした。
明確に意識したのは…というべきですかね。
もともと、そういう感じは自分の中に大変馴染み深いものだったので、すんなりすぎるくらいにすんなりと、出てきました。
瞑想ファシリテーター講座を適切にサポートしてくれる大天使、というイメージでカードを引き、出てきたのがラジエル。
仙人系統の爺様キャラは大好きな私だし、前に体験したヒプノでの前世体験でも、仙人的な爺様は登場していました。
ラジエルは爺様天使です。
というか、私のそれまでのイメージは青年か中年だったのですが、爺様イメージがあまりにもドンピシャにしっくりきて、そこに落ち着いたというか納得しちゃったというか。
じゃあ、ラジエルと繋がってみましょう~って瞑想した時には、
「ラジエルがそばにいる」
どころか、自分に長ーーーーーい髭が生えた感が体験できちゃったり(^_^;)
そうこうするうちに、問答好きな友人とのメール交換…いや、まあ、あの時のは「交換」とかいう優しげなものではなくて、「メール一騎打ち」的な感じでしたけども…その中で、自分の思考を非常にスムーズかつ的確に、情感排除で投げる文体が出てきたのです。
それが、爺様モードに気がついた最初。
同時に、別のことに気がつきましたよ。
頭の、頭頂部から少し右に寄ったところが、スゲー痛い。
その頭痛の起こり方は今までにも経験がありまして。
私は悪天候の前など、気圧が上下する時に頭が痛くなります。
が、その時は、左側が痛くなるのです。
その逆。
右側に痛み。
その状況は最近お馴染みのものだってことに、気がつきました。
そう、結論のない観念の世界を延々と話あっている時、普段の思考と違う回路を使っている感じがする時。
決まって、痛くなる場所だったんですよね~。
で、爺様モードの文体がするする~っと出てくるようになってから、右側の頭痛は起こっていません。
まだ、起こらないと決まってはいないけども、文体を発見したことと無関係ではないという気はする。
で、私の爺様モードは発端がラジエルだったので、この記事は「天使」カテに入れておきます(笑
爺様は、別に名乗りもしないし、別のキャラだという感じもしません。
だから、自分の中にやってきた爺様、というよりは、自分のモードの一つだという認識で、「爺様モード」です。
故に、私の「爺様モード」は、何かが降りてきているとか、メッセージを受け取っているとかいう類のものではありません。
いや、やはり何らかのものから受け取っているのだ…
と、思いたい方は、まあ、思っていていただいても構いません。
どっちでもいい。
どっちでも、大した差はありません。
その通り。
どちらでも大差はない。
あらゆる物事は結局のところ、一つの地点へと帰結する。
どれほど整然と整理されているように見えても、よりマクロの視点から見れば全てがごちゃ混ぜで混沌とした世界に相違ない。
一人の人間が考える事なぞ、たかが知れたこと。
集合的無意識の底からの、ほんの小さな小さな泡の飛沫をすくっては、すごいことを思いついたように錯覚しているに過ぎぬ。
だが、人が人として生きるうえで、人の観念の中に…個々がこうであると感じる、個体としての観念の中に世界を投影することは必要である。
そうでなければ、何事も把握もできず、変化もできず、人が人として在る意味も失われる。
原初の単細胞生物から進化した甲斐もない。
人は考える生き物なのだ。
考えるから感じるのだ。
感じるから考えるのだ。
考える葦。それが人間だ。
投げられたお題は3つ。
『愛とはなんぞや?』
『時間とはなんぞや?』
『祈りとはなんぞや?』
KAWAZOの回答を上げる前に、みなさんそれぞれ、少しで構わない。
この問いへ、思いを向けてみてほしい。
あなたにとって、このお題が投げかけるものは、どんなものだろう。
回答記事は、横レス乱入、大歓迎。
そのために、回答は一括でUPするが、1記事1テーマのみ取り出して掲載する。
正解はない。
言葉遊びでもよい。
単語一つ投げてくるだけでもよい。
ただ、自分の中で考えて見るだけでもよい。
が、共有した方が面白かろう。
人間は、誰かと共有できることで喜びを感じる生き物だから。
いつもありがとうございます。
前の記事で、友人達の問答ブームがこっちに波及してお題3点一括回答を要求された…と書きました。
その回答を上げる前に、「爺様モード」について、書いておきます。
たぶん、これからも度々登場することになるという気がするので。
自分の素の文体(今のこういう感じ)に並ぶ、非常に書きやすくて使えるモードだと感じますので。
話題によっては、爺様モードの方が素の文体よりサクサク文章が進みそうです。
(実際、某友人とのメールは半分くらいが爺様モードによる進行になってきております)
爺様キャラを認知したのは、エンジェル瞑想ファシリテーター養成講座からでした。
明確に意識したのは…というべきですかね。
もともと、そういう感じは自分の中に大変馴染み深いものだったので、すんなりすぎるくらいにすんなりと、出てきました。
瞑想ファシリテーター講座を適切にサポートしてくれる大天使、というイメージでカードを引き、出てきたのがラジエル。
仙人系統の爺様キャラは大好きな私だし、前に体験したヒプノでの前世体験でも、仙人的な爺様は登場していました。
ラジエルは爺様天使です。
というか、私のそれまでのイメージは青年か中年だったのですが、爺様イメージがあまりにもドンピシャにしっくりきて、そこに落ち着いたというか納得しちゃったというか。
じゃあ、ラジエルと繋がってみましょう~って瞑想した時には、
「ラジエルがそばにいる」
どころか、自分に長ーーーーーい髭が生えた感が体験できちゃったり(^_^;)
そうこうするうちに、問答好きな友人とのメール交換…いや、まあ、あの時のは「交換」とかいう優しげなものではなくて、「メール一騎打ち」的な感じでしたけども…その中で、自分の思考を非常にスムーズかつ的確に、情感排除で投げる文体が出てきたのです。
それが、爺様モードに気がついた最初。
同時に、別のことに気がつきましたよ。
頭の、頭頂部から少し右に寄ったところが、スゲー痛い。
その頭痛の起こり方は今までにも経験がありまして。
私は悪天候の前など、気圧が上下する時に頭が痛くなります。
が、その時は、左側が痛くなるのです。
その逆。
右側に痛み。
その状況は最近お馴染みのものだってことに、気がつきました。
そう、結論のない観念の世界を延々と話あっている時、普段の思考と違う回路を使っている感じがする時。
決まって、痛くなる場所だったんですよね~。
で、爺様モードの文体がするする~っと出てくるようになってから、右側の頭痛は起こっていません。
まだ、起こらないと決まってはいないけども、文体を発見したことと無関係ではないという気はする。
で、私の爺様モードは発端がラジエルだったので、この記事は「天使」カテに入れておきます(笑
爺様は、別に名乗りもしないし、別のキャラだという感じもしません。
だから、自分の中にやってきた爺様、というよりは、自分のモードの一つだという認識で、「爺様モード」です。
故に、私の「爺様モード」は、何かが降りてきているとか、メッセージを受け取っているとかいう類のものではありません。
いや、やはり何らかのものから受け取っているのだ…
と、思いたい方は、まあ、思っていていただいても構いません。
どっちでもいい。
どっちでも、大した差はありません。
その通り。
どちらでも大差はない。
あらゆる物事は結局のところ、一つの地点へと帰結する。
どれほど整然と整理されているように見えても、よりマクロの視点から見れば全てがごちゃ混ぜで混沌とした世界に相違ない。
一人の人間が考える事なぞ、たかが知れたこと。
集合的無意識の底からの、ほんの小さな小さな泡の飛沫をすくっては、すごいことを思いついたように錯覚しているに過ぎぬ。
だが、人が人として生きるうえで、人の観念の中に…個々がこうであると感じる、個体としての観念の中に世界を投影することは必要である。
そうでなければ、何事も把握もできず、変化もできず、人が人として在る意味も失われる。
原初の単細胞生物から進化した甲斐もない。
人は考える生き物なのだ。
考えるから感じるのだ。
感じるから考えるのだ。
考える葦。それが人間だ。
投げられたお題は3つ。
『愛とはなんぞや?』
『時間とはなんぞや?』
『祈りとはなんぞや?』
KAWAZOの回答を上げる前に、みなさんそれぞれ、少しで構わない。
この問いへ、思いを向けてみてほしい。
あなたにとって、このお題が投げかけるものは、どんなものだろう。
回答記事は、横レス乱入、大歓迎。
そのために、回答は一括でUPするが、1記事1テーマのみ取り出して掲載する。
正解はない。
言葉遊びでもよい。
単語一つ投げてくるだけでもよい。
ただ、自分の中で考えて見るだけでもよい。
が、共有した方が面白かろう。
人間は、誰かと共有できることで喜びを感じる生き物だから。