天上絵師KAWAZO旧ブログ -57ページ目

「スピリチュアルな力」を「使う」「覚悟」<その3>

「スピリチュアルな力」を「使う」「覚悟」<その1>
「スピリチュアルな力」を「使う」「覚悟」<その2>

【E子様→私 9通目】
>それは、スピリチュアルな力を受け入れなければ訪れないはずの、寿命を変えてしまう「死」ということでしょうか。

寿命が早まったと感じています。
昔から「いつ死んでもいいから、精一杯生きよう」と思っていたので、
それはいいのです。


>転生しないことが、怖かったのですか?

もう二度と、生まれ変わらないということは、今、ご縁を頂いている方々とも
お会いできないのです。
今の私には、大事にしてくださる方々がたくさんおりますので、
その方々と二度と会えないのが怖かったですね。

救わせていただいた方の事は、話せませんので、ごめんなさい。

ただ、救わせていただいたことで、私のカルマも外れました。

前世で、私はたくさんの人を先導出来る「巫女?」のような立場
だったようです。
権力者から弾圧され、たくさんの仲間と逃げることも出来たのに、
ヒーロー気分で、生贄になりました。
後で、それがもとで、仲間達が全滅させられることも知らずに

「救えた命を、自分の虚栄心のために救わなかった」ことに対する後悔の
カルマを外していただきました。


>その対価というものは、「相手の方の救済」で、等価だったと思われますか?

等価という意味が分かりません。


剣では人は救えません。
「戦い」は新たな「戦い」を産むのと一緒です。

私は、「愛」で自分の使命を全うしようと思っております。


【私→E子様 10通目】

>寿命が早まったと感じています。
>昔から「いつ死んでもいいから、精一杯生きよう」と思っていたので、
>それはいいのです。

それはいい、とおっしゃっているということは…。

「死」という意味では、E子さんにとっては、覚悟というものはあまり意味を成さないのではありませんか?

>もう二度と、生まれ変わらないということは、今、ご縁を頂いている方々とも
>お会いできないのです。
>今の私には、大事にしてくださる方々がたくさんおりますので、
>その方々と二度と会えないのが怖かったですね。

ご縁のある方と会えないことが、怖かった。
寿命を変える死というものについては、「それはいいのです」とおっしゃっている。

つまり、その怖さを受け入れることが、E子さんにとっての「覚悟」である…と?

~中略~

>ただ、救わせていただいたことで、私のカルマも外れました。

なるほど。

だとしたら、その方を救う、ということのほかに、ご自身にとってもプラスになることがあった、ということなのですね。

>「救えた命を、自分の虚栄心のために救わなかった」ことに対する後悔の
>カルマを外していただきました。

なるほど…。

そのカルマが解消されたことは、その方を救われた後に、気がつかれたのでしょうか。

>>その対価というものは、「相手の方の救済」で、等価だったと思われますか?
>等価という意味が分かりません。

E子さんの、前のお返事から、「ご自分にとっても結果として得るものがあった」とわかりました。
なので、この問いかけへのお返事も、頂戴したと思います。
ありがとうございました。


>剣では人は救えません。

私は、人を救いたいとは、思っていません。

私はそのような大それた目的を持って生きていません。

今やっていることの中にも、人を救いたいという動機でやっていることは、一つもありません。


>「戦い」は新たな「戦い」を産むのと一緒です。

それは、わかります。

で、その点も。
私は、特別誰かと戦っているつもりもありませんし、その予定もありません。

人間として、同じ人間同士の間で、なんか違うんじゃないか…ヘンじゃないか…と感じることを、感じるように、文章にしているだけです。

仲間同士で、抽象的な観念についての問答も、します。

が、それは、自分の知的好奇心などを満たすためにしていることで、それをもって何かを啓蒙しようとか、変えようとか思ってはいないし、ましてや、救おうなどとは、露程も思っておりません。

ミカエルから、誰かを救えと言われたことはないし、戦えと言われたこともありません。
私はジャンヌ・ダルクではないし、そうなるつもりも、そうなりたいとも、思いません。

私はただの一人間であり、人間としても未熟であり、無力であり、無知である。
それを、よくよく、存じております。

友人との問答一つ、満足に取り交わせないで苦労している、単なる庶民でしかありません。

>私は、「愛」で自分の使命を全うしようと思っております。

それは素晴らしいですね。

~中略~

「使命」というと、どうしても、誰かからもらった役割…というイメージがあります。
悲壮感も感じます。
辛そうだな、という風に、私は感じるのですが、お辛くは、ないのでしょうか。

また、その使命を、表の世界で活かそうとは思われないのですか?


【E子様→私 11通目】
>「使命」というと、どうしても、誰かからもらった役割…というイメージがあります。
>悲壮感も感じます。
>辛そうだな、という風に、私は感じるのですが、お辛くは、ないのでしょうか。

いえ、全然。
幸せなことだと思っています。
誰でも、使命があって生まれてきています。
でもそれが、何なのか?が分からない方々も多い中で、私は、分かったからです。


>また、その使命を、表の世界で活かそうとは思われないのですか?

スピリチュアルという領域ではありませんが、

「母の愛を伝える」ということで、活かしております。
昨年までは、セミナーもやっておりました。
ありがたいことに、講演などのご依頼もいただいております。

たくさんの方々から「ママ」と呼ばれております。
(実際に産んだのは*人です。~以下括弧内略~)

人は愛された存在なのだと、口で言うのではなく、愛で包むことで
お伝えしたいと思っています。

たった一人でも心から愛してくれる人がいれば、人間はどんなことがあっても
生きて行かれますから。


【私→E子様 12通目(最後のメール)】
次から次へ質問いたしまして、大変失礼いたしました。
丁寧にお答え下さいまして、大変感謝しております。

幸せなのですね。
余計な詮索をいたしました。

神と人の関わりについて、人が感じる「使命」などの感覚について、とても、苦しい思いをしている人が身近におります。

その人は、神が人の人生に介入することが許せない、と、神に怒りを感じている。

神は人の時間を奪う…と、思っている。

ただし、神を憎んでいるとかいうことではなく、逆に、私が知る限りどの人よりもずっと強く深く、神を愛している。

その分、人の領域に神が入ってくることが許せないようです。

神を求めるのは人であり、人が求めるから、神も応える。
私はそう考えています。

使命を見出すことができて幸せである、と言い切られる方の存在を、その人に伝えておきます。


ありがとうございました。

また何かご意見、お感じになったことなどありましたら、いつでもおっしゃってください。

私はまだまだ、あらゆることの途中にいます。
どのような観点から、考え方からのご意見でも、とても勉強になります。
心から感謝いたします。

KAWAZOこと川口寛子



以上で、E子様とのメール交換は終了いたしました。


こういう世界に入ってから約1年になります。

スピリチュアルの世界には、たくさんの資格やメソッドがある。
多くは、数万から数十万円、数時間~数週間程度の講習を受け、ある程度の課題をこなすことで、自分が施術者側になれる仕組みになっています。

特に厳しい基準があるわけではない資格がほとんどで、また、その資格を取り金銭対価を得る形の仕事とするための覚悟を要求されることも、まず、ない。

中には、大変厳しい掟があり、一度入ったら戻る道筋がない…という世界も存在します。
が、いわゆる「スピリチュアル業界」と言われる世界には、そのようなものはありません。


人ができることは、知れている。
私も、そう思う。

しかし、逆に、人にできることは無限にある、とも、思う。



今私が感じていること。
いわゆる「スピリチュアル業界」への参入なりで問われる資質は、本来、見えないエネルギーを扱うための資質とは無縁であることが多いな…ということです。

「その世界にある暗黙の共通認知を受け入れられる」
 →ハイヤーセルフとか、高次の存在とかいった、知らぬ間に定着している数々の暗黙知

「限りなくマルチ商法的な商売のシステムを、それを認識せず(または認識しても気にしない)に次へ伝播していけるだけの<信じる気持ち>」
 →社会的規範から見ると、首を傾げるようなことも「素晴らしい」と思える盲目さ

この2つの項目をクリアできれば、それなりに、スピリチュアル世界で営業して、商売として成り立たせることができると思います。
(もちろん、営業センスや商才は必要です)

カンチガイしてほしくないけど、私は、それらの仕事としての在り方を否定していません。
私も、その末席に位置する者ですから。

ただ、この世界にいる人は、もっと、自分のしていることを認識する必要はあるんじゃないか…とは、いつも思う。


E子様が私に投げてくださった「覚悟」。

それが本当に、絶対に、寿命を変えるようなことであるのかどうか、というのは、私には何とも言えません。
そういうことは、当然起こり得るな、とは思う。

そこに、意義を見出すかどうかは、その人次第だとも思う。

それを崇高なものと捉えるか。
「お役目」とはそういうものだ、と、厳粛に受け止めるか。
E子様のように、見つけることができたことを幸せと捉えるか。
私の友人のように、「覚悟などする必要はない、そのようなことを人間がする必要は無い」と、否定するか。

あるいは、そんな小難しいことは考えず、ハッピーに、キラキラ感を追い求めて、ウキウキワクワクできることこそスピリチュアルの意味だ…と、楽しさを謳歌するか。


何が正しくて、何が間違っているのか。

過去生や来世を、どう捉えるか。

それは、人それぞれ。

誰にも強制はできないし、絶対こうだ、ということも言い切れない。

誰にも、何も、証明はできない。


結局は、何を信じ、何を採用するか…という、個人の問題でしかない。


でも、その「個人の問題」が集まったら…

世界を変えるだけの、大きな力がそこに生まれるのではないか。


これからの世界がどうなっていくのか。

私は、アセンションなどは、信じていない。
2012年12月という線引きを、信じていない。

ただ、この世界がどのような方向に傾くのか、ということに、今を生きる人類の意識が大きく関わることは、信じている。


覚悟

スピリチュアルな力

剣と盾



神と人


E子様の神様(観音様?)は、私に、「剣ではなく盾を使いなさい」と、伝えてくださった。

私は、剣を持っている。
盾は、持ってきてもらえなかった。
私のミカエルは、剣も盾も、想起する形状が違うだけで、同じものだ…と言った。


このメール交換で生まれた様々なテーマへの答えは、すぐには出ません。
これから、ずっと、留め置いて、折々に検証していきたいと思います。

ありがとう。