ブログネタ:もらって嬉しかったプレゼントは? 参加中

高校生の頃、「19歳の誕生日にシルバーの指輪をもらうと、その人は幸せになれるんだって」というベタなことを母親に言っていた私。(ほんとは彼氏から貰うとその人と幸せになれる、だった気がするが、当時の私には彼氏が居ない)。

18歳で上京して1年。私の誕生日間近のある日、母親が倒れて緊急入院した。胆石で胆嚢を全摘出。当時は内視鏡手術もあまり進んでいなかったため、母の腹にはいまも傷跡がぱっくりと残っている。

休暇がなかなか取れない仕事をしていたこともあり、手術の日も立ち会うことが出来なかった。(というか、母の希望により、私には倒れたことすら伝わってくるまで時間がかかった)。手術から数日後にやっと休みが取れ、お見舞いに行くと、母の体には複数の管が絡み付いていた。そして食事が取れないため、ぽっちゃり…いやどっしり…でもなく…おでぶだった母が、ガリガリにやせていた。これは、私に事の重大さを伝えるに十分だった。

病床の母は、私を見るなり「誕生日、間に合わなかったなぁ」と言った。何のことだか分からない、という顔をしていると、「シルバーの指輪」との言葉。私はびっくりした。自分で言っていたことすら忘れていたのに。「退院したら、一緒に買いに行こう」と。

そして1ヵ月後、私の手元にはシルバーの指輪があった。


しばらくは肌身離さず身につけていたのだけれど、いつの間にかどこかにいってしまった。この話を思い出したのは、先日のこと。彼と指輪の話をしていたとき。「どこかにいってしまった」と言うと、彼は、「役目を終えたからなくなったんだよ」と言っていた。本当なのだろうか…。

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どうも私は、女子の力を利用して生きていくことに拒否反応があるようです。


例えば…「女の子だから(自分買い物をしたものでも)重い荷物は持たなくて当たり前。一緒に居る男が持つべき。」とか。だったら、自分で持てるだけのものを買え、と思ってしまうのです。女だから、とか、男だから、とかいうのを理由とするのにとても否定的なのです。だからといって、男性が荷物を持つのがダメだという訳ではありません。ごく自然に、自発的に「もってあげようか?」っていうのはいいのです(私の場合、「大丈夫だよ」と答えますが…さらに一押ししてくれるのであれば「お願いします」となります)。そこに至る段階で「持って当然」と思っている女子に、なんだかなぁと思うのです。ついでに、「女の子は着飾って可愛くしていればいい」というのも理解が出来ません。可愛くしていることはいいのだけれども、それ「だけ」をしている、というところが…。んー、媚を売っているカンジが嫌なのかなぁ。男性に依存していて、自立していないというか。


ま、そんなことを毎日のように言われ続けているので。考え方は人それぞれだとは思うけど、どーしても納得・理解が出来ない。自分で書いておきながら、もしかしたら私には「可愛げ」たるものが欠けているのかも…と思いました。

価値観の違う友人と過ごすとき、どうしても辛くなる。


「価値観が違うのは分かっている。それを受け入れようとすることも無い。」と彼女は言うが、人とコミュニケーションを取るにあたって、「理解しよう」と心がけることはいけないことなんだろうか。私が受け入れよう、理解してみようとしても、彼女が受け入れる必要は無い、理解する必要も無い、という立場だから、双方すれ違っているのだろうか。


そして、何故だかとても悲しくなる。

ベルインカント チャーム (フェラガモ)


インカントシャインを買った際に、買ってしまいそう…と言っていて、やっぱり買ってしまった。お昼にワインを飲んでいたので香りの分からぬまま(以前試してはいたが)購入。なんとなく、名前がチャーム(お守り)なところにも惹かれてしまった。


トップ:パッションフルーツ、ハニーサック
ミドル:ジャスミン、オスマンローズ
ラスト:アミリスウッド、ムスク

ブログネタ:運命は決められたもの? 自分で切り開くもの? 参加中

なかなか難しいブログネタですね…。

すべてを運命で片付けることは簡単で、人は時として運命だと運命を受け入れ…るが、大抵の場合、運命が出てくるのってネガティブな方向のときな気がするのは私だけでしょうか?「わたしたちが出会ったのも運命だね!」より「これも運命だから仕方ない」の方が印象に残ってるのかな。

私は、運命は自分で変えることが出来ると思います。けど、変える事も運命で決まってるんじゃないかと。人生を終えるとき、振り返ってみたら、自分で選択してきたものが全て必然であったと感じるような感覚。