或月です。
最近はしっかり裏方で動いております。
これが正常な流れだなと(笑) ちょっと最近は表側に出る事が思った
以上に増えてしまったので
今後はしっかりとね うむ
先月の事を書きます。
先月は愛すべき2つのバンドさんが活休、解散となってしまいました。
昔から変わらないんですけど、、凄く言葉にするのが難しい感情になります。
進んで行くには仕方が無い事なのか、、いや、、やはり勿体無い、、
まだまだイケるで!
とかね、、そういう気持ちがあっち行ったりこっち行ったりしやがります。
まだ大人になり切れて無いのか、、とかそういう気持ちも有り。
長くなりそうなんで ぶった切ります(笑)
まずは9月10日PELSONA。会場を急遽池袋CYBERに変更しての活休公演。
PELSONAに所縁のある方々に集まって頂いての素晴らしいイベント
になったんじゃないかな?

って思います。彼らが走って来た、積み上げてきたものの集大成。
ライブを観ていて 出逢った頃の彼らを思い出してました。
或月が最初に観たのは新宿のHEADPOWER。KOHEYが
その当時ソロライブを良くやっていたので
そこで良く対バンするバンドが居て、「凄く良い奴等なんだよー、ちょっと観てみてよ」
って言われたので観に行ったのが最初。
最初の印象は。。「おーー久しぶりに90年代風のバンドさんだ」
って思いました。当時はV系がちょっとソフトな風に流れていてて、
ガッツリメイクするバンドさんも
ちょっと減って来てた時期にヤンキー風のボーカル、
尚且つ90年代風っていうバンドサウンドで
凄く印象に残りました。ちょっとだけ挨拶させて貰ってって感じで
別に何がある訳でも無く。
当時AsTiLLeもイベントを2ヶ月に一回くらい開催出来るくらいの
走り出しの規模で
(ちなみに今も走り出しです。白馬岳で言うと、雪渓には辿り着いていないくらい)
一緒に頑張っていくアーティストさんも居なかった。
KOHEYと話して、レーベルと共に、お互い切羽琢磨して
いける熱い奴等を探そうと そんな時期でした。
或月はそういう直感的なものはKOHEYの意見を結構優先します。
これがこうだから!みたいな自論は無いんやけど、なんだろう、、、
彼はそういう仁徳に恵まれているし
コミュニケーション取ってなんぼ!的な人やから 或月よりも人間を観れる人なんでね
それで「PELSONAはどうだろう?」って事になった。
当時の彼らも まだまだ走り出しで ビジュアルも弱かったし、
ライブもお客さんと創り上げていく感じでは
無かった。都内のライブハウスにもやっと少しずつ
出演出来るようになったくらいだったし。
CHIHIROもヤンキーみたいやったし(笑)
そんな感じでバンドとの関係が始まりました。
一番或月が彼らを評価したのは、男前なのに、
まだ活かし切れていないビジュアルとキャラクター&楽曲。
一般的に「うわーなんだか懐かしいし、最近はあまり聴かない風の音楽」
って感じだったんやけど
視点を変えれば 周りに居ないって事は その椅子は空いてるって事。
勿論シーンの風潮は見るけど 全部その風潮に合わせたら
同じ風なバンドになってしまう。
或月はそれが嫌いです。だったら全然違う方向に行きたい。
彼らは、まずメロディーが良かったし、唄声も絶対的なピッチの良さは無いけど
なんか胸に届く声だった。ただ良い唄でしょ?っていう事を演奏してる感じで、
お客さんと共に
ライブを創り上げていく感じは まだまだって感じやったから そこを詰めていけば
質はもっと高くなると考えました。

勿論メンバーの考える理想っていうのもあるし
そこの関係性を創っていくのにも時間が掛かるけど、
やってみる価値はAsTiLLe的にも或月的にも
あるって思った。

振り返ってみると 間違って無かったって思います。
結果は活休って形になってしまったけど バンドはどうなるか誰にも解らない
一瞬一瞬で奇跡が起こる不思議な力があるから またそんな奇跡に巡り合えた時に
最大限の力を発揮出来るように また其々に歩き出して成長して行かなければって
或月は思ってます。
最後の一枚。
これはサイバーの楽屋のケータリング。

こっちから「配慮しろよ?」って言った訳でも無く
自主的にこういう事を行えるようになった。
そういうバンドに成長出来たって。
それが嬉しかった
PELSONA有難うね。
ムシケラトプスさんの日記は次回に。
ちょっと長くなり過ぎてしまった(笑)
では
或月