パガニーニの難しさ | Good English

パガニーニの難しさ

カプリスを一通り全部やった、という若者は普通にいる。その昔は、プロでさえパガニーニのカプリスを一つでも弾こうものなら大したもので驚かれたものであるが、それは今でも変わらず、一通りやったという若者に本番をお願いしても拒絶されることになるだろう。

パガニーニはテクニックの難しさが特徴で、それしかないのか、と友人から聞かれたことがある。そう言われてみれば、どこかの雑誌か本で、パガニーニは難しさだけ、と書いている人がいたように思う。当然私の答えは、とんでもない、名曲ぞろいだよ、と答えたのであるが、もしかすると単にテクニックをひけらかすだけの演奏というのが、世の中にはあるのかもしれないと思った。

モーツァルトは難しいと思う。譜面を見れば誰にでも弾けそうだが、実はその曲の持つ価値を表現するのは、結構難しく、練習を繰り返さなければならない。さらに、練習を続けるに従って、その曲の新たな価値にどんどん気づくようになるので、いつまでたっても未完の演奏しかできないのである。パガニーニの場合は、最初から難しい。しかし、その難しさは練習によって克服できる。本当の難しさは、モーツァルトと同じように、その曲の持つ価値を表現するためのさらなるテクニックである。つまり、パガニーニの難しさは曲を表現するための技術の高さにある。楽譜の見かけの難しさがパガニーニの難しさではない。パガニーニは芸術性とテクニックが一体となっているのだ。リストがパガニーニのカプリス17番の演奏を聴いて、ピアノではそういう表現ができないと言った、その表現にはとんでもないテクニックが必要なのである。パガニーニがどういう演奏をしたのか、今では想像すらできないが、それを求める価値は十分ある。