犬の乳腺腫瘍における内科治療は、「手術しないできないからやる治療」でもなければ、
「手術したあとにとりあえず足す治療」でもない。
腫瘍径3cm超、リンパ節転移あり、WHOステージIII以上、病理グレードⅡ〜Ⅲ、炎症性乳がん、肉腫成分を含む腫瘍。
このどれかに引っかかった時点で、外科単独で完結する確率は明確に下がる。
ここからが内科の出番。
まず古典的な軸はアントラサイクリン系、ドキソルビシン。
用量は30mg/m²を3週ごと、合計4〜5回が基本。
外科単独群のMSTが約148日だったのに対し、外科+ドキソルビシン併用群でMSTが約463日まで延長した報告がある。
万能ではないが、「リンパ節転移あり」「グレード高値」の症例では、やらない理由より、やる理由の方が多いかもしれない。
次にシクロホスファミド。
単剤では弱いが、メトロノミック化学療法として使う意味がある。
低用量(10〜15mg/m²を連日または隔日経口投与)で、腫瘍血管新生と免疫抑制性環境を叩く。
これにCOX-2阻害薬を組み合わせるパターンも。
COX-2は犬の乳腺腫瘍の83〜95%で過剰発現し、血管新生、浸潤、免疫回避に関与する。
ピロキシカムやフィロコキシブを併用すると、in vitroではアポトーシス誘導、増殖抑制が確認されているし、
臨床でも生存期間中央値がドキソルビシン単独より延びたというデータがある。
副作用管理が前提だが、腫瘍に大人しくしてもらいたい治療としては理にかなっている。
カルボプラチンは、より進行例、もしくはアントラサイクリンが使えない症例で選択肢になる。
投与量は300mg/m²を3週ごと。
外科+カルボプラチンで生存期間が延長した報告はあるが、単独での強さは限定的だ。
ミトキサントロンは縮小効果は見られるが、生存期間延長効果は乏しく、補助療法の位置づけを超えない。
ホルモン療法についても触れておく。
犬の乳腺腫瘍はER、PR陽性例が存在し、特にPR陽性・低〜中悪性度腫瘍では、ホルモン依存性が示唆される。
プロゲステロン受容体(PR)標的薬だが、現時点では確立した治療プロトコルは存在しない。
分子標的治療も理論的には効くだろう。
というか大体これ一択になることが多いのも事実。
HER-2、EGFR、VEGFR、PDGFR、KIT。犬の乳腺腫瘍でもこれらの発現は確認されており、
トセラニブやマシチニブといったTKIは、in vitroでは抗腫瘍効果を示す。
ただし臨床データは乏しく、現時点では「標準治療」とは言えない。
上記のように教科書的には標準治療とはいえなくても、現場的にはこうなることが多い気もする。
最後に炎症性乳がん。
ここは別物。切除不能、DICや全身炎症を伴うことも多く、目標は延命とQOLの維持になる。
COX-2阻害+メトロノミック化学療法+支持療法。場合によっては放射線併用。
完全寛解を狙う病気ではない。
だからこそ、治療目標を最初に共有しないと、必ずどこかで破綻する。
犬の乳腺腫瘍の内科治療は正しく使えば確実に「時間」を作れる。
その時間をどう使うかは、飼い主と獣医師が一緒に決めるしかない。
さあて間延びしたので、ここで終了にします。
さて次からは何の連載になるのでしょうか。
では。
静岡県静岡市清水区の動物病院 みなとまちアニマルクリニックのオンライン相談です。