随分、前回の投稿から時間が経ってしまいましたが、
久しぶりに書いてみます。
元日に能登半島で大地震、大津波が起き、なかなか
明るい気持ちになれませんが、先日、
第45回赤松小三郎研究会に参加してきました。
昨年秋に日比谷で開催された町田明広先生の講演会の
振り返りと赤松と佐久間象山との交流についての講演が
ありました。
私は、史学科の同級生からの今年の年賀葉書に
日本史別天地『合情記脚本集』を購入して読んでくれて
赤松小三郎を英傑と呼び、
「明治維新の見方にも変化が生まれた。」と
書いてあったことが嬉しく、それも励みに今年も
赤松のことを広めていこうと思いました。
軍事の専門家としての赤松が幕末に感じた焦りと
苛立ちは、その後の憲法構想につながっていたと
思います。
今、憲法を改正したい、国民投票をしたいと
言う人がいますが、その変更したい内容は150年前に
赤松が提唱した「立憲的で民主主義的な憲法」よりも
ずっと独裁的で、後退したものと言わざるを得ません。
私は、憲法改正の発議を阻止したいと思います。