二月歌舞伎座猿若祭
大変素晴らしい舞台です。
さて、夜の部を観劇しましたが、「歌舞伎三大名作」の一つである「義経千本桜」より三段目の「すし屋」を観て思ったこと。
「義経」とあるように、源平の戦いが背景となっている狂言です。歌舞伎は、歴史をそのまま再現するということはありませんので、フィクションです。
あらすじは、平維盛を店の奉公人の弥助として、源氏の追手から匿っている「すし屋」を営んでいる父と、それとは知らずに弥助に恋心を抱く娘、父から勘当されている倅の、それぞれの葛藤や親子の情などが描かれ、物語は展開していきます。
最後には、父と子の思いのスレ違いから、倅は父に殺されてしまいます。(歌舞伎のお話には、このようなスレ違いが多くあります😅)
息も絶え絶えな倅が、事の真実を打ち明け、観客の涙を誘います。
でも、今日は感動しながらも、「どうしてもっと日頃から話し合わないのだろう。お互いに親子が信頼しあっていたなら、本音を打ち明けられてたら、こんな最悪な結末にならずにすむのに……」なんて、考えておりました。
お芝居ですから、このお話はそれで良いし、素晴らしいので、是非ご覧になることをオススメします!
でも、こういう「こころのボタンのかけ違い」から親子関係が崩れていく、というのは現実に多々あると思うのです。
お互いにお互いを思いやっているのに、それぞれの勝手な「思い込み」から誤解が生じて、ドロ沼に……
本音を伝えられていますか?
「〇〇するべきだ!」「〇〇と決まっている!」そういう考えばかりに囚われて、こころを置き去りにしていませんか?
我が身も振り返りながら、そう思いました。
#
