僕は2つ作りたいなと思っていました。

 

1つは、うつ病を治していく環境を作る事。

1つは、うつ病が治らなくても問題なく暮らしていける環境を作る事。

 

環境と言っても、そういう家庭内を築くということだけではなくて

自分の体調管理から精神状態の作り方、

うつ病との向き合い方含めてどちらに転んでも揺るがない環境を。

 

自分なりにはなんとなく出来たかな?と今は思っています。

 

僕はその人が考えることだからいいんですけど、

妻のうつ病が治らなくても別にいいやと思っていました。

ただ、いつ治るかわからないものをずっと待つだけは嫌だな。とも思っていました。

だから最後のほうは 「もう治してしまおう。」 と思いその通りになりました。

 

ご覧の通り、僕はアクが強いので( ´艸`)

献身的にただ支え続け、相手に任せて待ち続ける心の優しい夫にはなれません。

ずっと待ち続けて暮らしていくというのはきっと出来るのかもしれないし

うつ病自体、治らなくてもなんとなく年数が経てばそれなりに暮らしていけるものなのかな?

なんて最近では色々と見ていて感じたりもするのだけれど

正直、何が良いのかわからなくなるときがあります。

 

薄れたらやっぱりみんな忘れていってしまうのかな。

 

自分が経験した事を誰かに。

そんな気持ちをなんとなく感じられないことがあると、なんだか寂しいなと思います。

まあ、いいんですけど。

 

 

自分を取り巻く環境はいつまでも同じではないので

そういう変化に対応仕切れずに潰れていった人も今まで散々見てきましたね。

 

子供が幼稚園・保育園児、小学生、中学生、高校生、大学生・専門学生、社会人、

成長していくにつれて大変さは年々増してくるし

思春期や反抗期だって自分にも相手にも大きく影響してきます。

 

うちの妻がうつ病になったとき娘はまだ小学2年生で

それから今までずっと娘の成長と共に 妻はうつ病の治療を。

僕はサポートと家庭を守っていくということをしてきましたけど、

状況が変わっていくというのは常に感じてきましたね。

当たり前の話ですけどね。

 

小学生になれば保護者として学校との関わりも幼稚園・保育園よりも増えるし

保護者間での関わりというのも増えたりもするので

自分自身が制約されていく時間量もやっぱり違ってきます。

PTA、育成会(児童会) 役割として親の活動も違うし

学校行事の頻度もやはり違いますね。

 

スポーツクラブに入れば親として参加することも増えるし

中学で部活に入れば毎週末は遠征試合で保護者が交代で送迎なんてこともあるから

休日も結局1日拘束されて疲れを癒す暇もないなんてことにもなるし

そんな中で仕事だって家事だって今まで通りある。

塾通いで送り迎え、受験。 年々子供に掛かるお金というのも増えていくから

それに合わせて収入も増やしていかなければならなくなる。

思春期や反抗期になれば、親として

そういうものも考えて子供をみていかなければならなくなるし

うつ病を抱えている奥さんと反抗期の子供の衝突だってあるかもしれない。

 

親だって、うちのように大きな病気になるかもしれない。

義父の末期癌、義母の寝たきりと不安障害、自分の両親の病気。

そういうのだって自分一人の肩に掛かってくるわけだからやっぱり大変だったですよ。

 

そういう出来事をどうにかしていかなくてはならないし、

仕事、家事、子供、家庭内といった自分を取り巻く環境が変化していく中で

大変さというのは歳を重ねるごとに増していくことにもなるから、

そういう変化の中で今と同じ気持ちで変わらずやっていけるのか?

ということを問われてくると僕は感じたんですよね。

 

今が良くても、自分が苦しくなってきたときにやっぱり自分の首が絞まることにもなるし

自分の首が絞まらなかったとしても相手の首が絞まるかもしれない。

それでまた結果が変わってくると思うので。

 

難しい厳しい話なんて出来れば誰も目にしたくはないのはわかっているし

そんなこと無ければ無いに越した事はないのだけれど、

僕は経験してそう感じたし、こんな事しか書けないので

それでも毎回読みにきて下さる方には感謝しています。