アメンバーと読者を少し整理させて頂きます。

 

 

結局、昨日は遅くなってしまって間に合いませんでした。

 

とりあえず、お義母さんが今飲んでいる夕方一回の薬とは別の薬を朝と昼に増量して

一週間ほど様子を見てみるということになりました。

これで少し不安も落ち着いて良くなってもらえるといいのですが。

 

 

【傾聴ではなくて。】 続き

 

話を聞く側になる方にも色々な方がいますね。

 

例えば、

ナーバスになってしまうような暗いネガティブな話や

それこそ死にたい気持ちなどの重い心情を聞いて、

聞いているうちに自分自身が辛くなってしまう人もいれば

そういう話を聞いてもあまり動じない人もいる。

本当は辛くなるような話は聞きたくないって人もいるでしょう。

 

すぐに感情的になってしまう人もいれば

冷静に淡々と話しを聞ける人もいる。

 

うつ病やうつ病を抱えている方に対して快くは思っていない人もいれば

病気や障害を気にしない人もいる。

 

聞く側にも色々な人がいて1人1人個人差があって、

最初からそういうことが無理なく出来てしまう人もいれば

それ相応の努力をしなければならない人もいますよね。

 

傾聴を心掛けるのはいいですが、

どんな話を聞いても他人から影響されない人だったらいいですけど

そうではなかったらその人はどうなっていってしまうでしょうね?

 

支える側として技というか方法を使うのは悪いことではないけれど、

それを使う土台を自分自身で作れていないのに

そういう良い方法があると何かで知って使おうとしても

それは思うようには使いこなせないし

逆に振り回されて自分自身が大怪我をしてしまうかもしれませんね。

そんなつもりはなくても相手も傷つけてしまうかもしれないし。

 

誰だってそうですが、

 

『ただ話を聞いて欲しい。』 というだけのときもあるし

『どう思うか意見が欲しい。』 ということもあるし

『どうしたらいいか何かアドバイスが欲しい。』 というときだってありますね。

 

夫としてではなく客観的に聞いて欲しいときだってあるし

夫としての主観的な意見ではなく一般的な意見を聞かれることだってある。

自分が正しい判断ができているのか、間違った思考になっていないか

その判断を常識的にで求められるときだってある。

それこそ親身になって聞いて欲しいのではなく

ただただ聞き流してもらうだけでいいってときだってありますね。

 

少し話を聞いて欲しくて心の内を話してはみたけれど、

 

不機嫌になってしまった。怒らせてしまった。

悲しませてしまった。苦しませてしまった。

動揺させてしまった。悩ませてしまった。

 

もしそうだったら、次からはもう何も話せなくなってしまうかもしれないし

自分の中に押し込めて結局は溜め込むしかなくなってしまうかもね。

 

『うつ病の方にこうしてあげて下さい。』って世の中で今勧められているものは

それがうつ病の接し方の基礎のように思わされているけれども

その前にまずは自分の中の土台作りが必要だと思うんですよ。

 

それをしないで一歩も二歩も先に進んだことをしても意味がないし、

ただ負担になるだけだから。

 

『聴く』 ではなくて 素直に『聞く』でいいと思うんですよ。

そんな大袈裟なものなんて求めていないと思うしね。

 

そうやって特別的なものにしていってしまうからどっちも苦しくなるのよ。

 

じゃあ、自分には何が足りていないんだろうか?

それを埋めていくことのほうが先でしょ?

 

そういうところから普及されるように説明していかないと

個人個人の判断でしかない今の状況では格差が出来てしまうよ。