心機一転
読書録をつけてみよう
きっかけは
「多読法」
当たり前のように本をたくさん読めば賢くなれる
たくさん読むには速く読めるようにならなければならない
そこで「速読」に目をつける
しかし、速読というのは半分以上が目の運動能力強化であり
一定の効果が表れるまでのトレーニングが必要だ
本を読んで覚えるには
強制力が必要になる
疲れても訓練すること
間違ったら矯正すること
とにかく続けること
こういった外部からの力が働かないとモチベーションを保てない人種がいる
飽きっぽい人は飽きないやり方を考えないといけない
多読というのは
速読に挫折し、でもいい本を選ぶセンスがあると思ってる人に向いている
どこが?
本を選ぶ基準はなんだろう?
それは
既存の知識による選別である
本を選ぶには内容を抜き出す基準になる知識がある
初心者なら
自分の理解できない単語が多すぎないかどうか
専門書なら
他の本とどこが重複して、どこが新しいのか
そういう基準は自分に備わっているし、それは目次で探せる
タイトルや目次を見てピンとくる
中身をさらっと読む
コレだ!
これでもう選別している
じゃぁ、だれでも出来る
そう
だれでも
だから
「多読」は立ち読み好きにはもってこいだ
少し踏み込んで紙にに抜き書きすればいい
タイトルを書く
目次の章の見出しを書く
章のトピックを書く
一度内容を予測すると
頭が準備してくれるから知ってることは素早く読めるし知らないことには目が止まる
知りたいことは集中できて
それを重要だと思えば抜き書きすればいい
同じ分野の本を数冊同時に読むようにと「多読」の本にはあるが
そんなのは本人の自由なので気楽に好きな本を読む
大事なのは
楽しんで速くエッセンスを抜き出す技術を学ぶことで
ルールに縛られることではない
しかし、速く読む目的は何かに活かしたいからで
単に楽しみたいのであればゆっくりでもかまわないはずだ
面白い小説に出会ったら
どんどん引き込まれ続きが気になって仕方がない
そんなときは勝手に速く読めるし
同時に読み終わるのが惜しくなってくる
こういうものとは違って
「多読」の本来の目的は自分のスキルアップやバックボーンの強化にあるので
実際に役立てるには
批判的読書法をすることも少なからず必要になる
要するに
キライな人や間違っている意見の本を読んで
どこが正しくて、どこが間違っているかをちゃんと理解しなければばらない
自分で責任を持って意見を言うには根拠を示す必要がある
そして
誰かを批判したり、否定するにも根拠がいる
そのためにどこまでが正しいか、どこで破たんしているか
我が子のごとく見つけてやらねばならない
その人と同じ本を読んでその人より詳しくなって初めて批判できる
そのためにも
まず
ピックアップしなければならない
いっぱい読んで
いっぱい批判して
本に埋もれるようになって人に認められる
本をどれくらい読んだか
記録したり記述すれば
自動的にアウトプットできて考えを整理できる
とまぁ
こんな理由で
読書録をつけることにした
いつか誰かの目に触れれば
なにか変るかもしれない・・・。