宮城道雄の生涯が気になって、調べてみた時、「急死」と言う最期に驚かされた。電車からの転落死。神様は酷い事をするものだと思った。

 偉人であっても一般人であっても変わらない。"人はいつ死ぬのか分からない"と言う、不変の理。理不尽だなと思った。

 それからと言うもの、芸の練習に取り組む時、意識する様になった事がある。

 それは、"敬愛する人々が、明日も生きていると思うな"。と言う事だ。

 極論と言われれば極論だけれど、馬鹿には出来ないと思う。そう言う現世やし。

 今、私に芸を教えてくれている師匠は、明日も生きているだろうか? 事故に遭ったら? 通り魔に遭ったら? 自然災害に巻き込まれたら? 急病を患ったら? 考えると恐ろしい。

 「明日は我が身」。先人達は、とんでもない言葉を遺してくれた。

 だから私は稽古を受ける時、"これが師匠から受けられる、最後の稽古になるかも知れない"、と思う様になった。

 そして自主練の時は、"これが最後に授かった芸になるかも知れない"、と思いながら取り組む。

 師匠達のコンサートに行ったりすると、友人や知人から、「ちゃんとお師匠さん達の演奏を聴きに行って偉いね」って言われるけど、んなこたぁない。私は只、怖いだけだ。

 師匠達のコンサートは元々好きで、都合が合えば行く様に心掛けてた。しかしこれにも変化が表れた。

 "これが、師匠の最後のコンサートになるかも知れない"。と言う鑑賞のし方。1度意識すると、頭から抜けなくなった。


 "敬愛する人々が、明日も生きていると思うな"


 これが、私の芸能上達の糧。