先月の終わりに父が亡くなった。
60代、末期がん、闘病生活約1年。
インターネット、テレビを見れば、そこら中に転がっている言葉。
理解してた、分かってた、でも泣いた、叫んだ、嗚咽が止まらなかった。
呼吸が止まって、心臓が止まった、エコーがフラットになった、ドラマみたい。
父の性格に似ている、女性的できれいな手を擦り続けたけど、どうしても徐々に冷たくなっていった。
しばらくの間はベッドにしがみついて、そのまま動けなかった。
タイミングを見計らっていたのか、兄が私を病室から外に担ぎ出した。
"あなたより若くして親御さんを亡くされた人は世の中たくさんいる"
”誰だって遅かれ早かれ親を送るんだから、みんなが通る道”
"痛みに耐えてがんばってきたんだから、やっと楽になれてよかった"
家族も周りの人達も、私を励まそうって、前を向かせて進ませようと声をかけてくれた。
無理にでも私を引き上げないと、悲しみにのめり込んで、覆われてしまうって心配してくれたのかな。
愛している人の死を受けとめるとき、そこにある悲しみをぬぐい去る言葉なんてない。
誰がどんなことを言おうと、何と比較しようと、悲しみが襲ってくることからは逃げれないし、
つまりはそれが、その人に愛されていたということ。
だからこの悲しみを受けとって、しばらくの間は嘆き続けると思う。
来る日も来る日も泣いて、部屋で父に会いたいと唱え続けながら朝方にやっと眠ると思う。
喪に服すという言葉と習慣が、まだ日本に残っていることに感謝。
