12月23日、RADWIMPSのライブに行きました。
一番前の真ん中のブロックで、野田洋二郎を肉眼で凝視しっぱなしの2時間くらい。
幸せ幸せで、夢見心地で、毎日ラッドを聴いていたあの頃にグッと引き寄せられた感じ。
というわけで洋二郎のことが気になって、発表された時も無視していた洋二郎主演の映画を見ることにした。
ばっちりネタバレです。注意!
「トイレのピエタ」
まず、役がぴったりだった。
監督さんが出演を渋った洋二郎に言った「演技しなくていい」の通り、演技とかじゃなくて洋二郎の別の人生を見ているようだった。
周りを固める役者さんたちも豪華で、わざわざこんなブログで名前を出さなくてもいいと思ったので今回は洋次郎びいきで書こうと思う。
話は洋二郎演じる宏が窓ふきのバイト中にぶったおれる所から始まる。
それで検査して。その後に行ったバイト先の窓が、美大時代の元カノの個展会場で。
私も一応絵描きを目指す女子大生なので何だか親近感がすごかった。
検査の結果に「家族と一緒に来てください」と言われた宏。元カノを何も言わずに呼び出します。
そこでも結局絵のことでけんか。元カノは帰ってしまいます。
そんな病院の待合室に響いた麻衣(杉咲花)の声。「ふざけんじゃねえよ!!!」
おっとドぎつーい女子来たなと思いました。人間嫌い、人間皆敵。みたいな。
でも、麻衣は麻衣で家庭事情が大変で。いつ死んでもいいって思ってるのが分かる。ひと目で。
なんだか最初から振り切ってるから、もうすぐ死ぬ人に「死ね!」って言ったりできるんだろうなと思った。
検査の結果は結局、胃がんによるレベル4の末期がん。余命は3ヶ月だった。
呆然とする宏に麻衣は言う。「一緒に死んじゃおっか」
バイクでスピードを上げてみるものの死ねない。そりゃそうだ。
そんな宏に麻衣は「意気地なし!」
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リリー・フランキー演じる横田は、病院を行ったり来たりしているサラリーマン。変態。がん。
宏が入院した病院のベッドのお隣さんで、暇なのか結構干渉してくる。
病院の中はやっぱり、生と死が混在している場所で。
こないだ手術がんばろうねって言い合った小さな子どもが亡くなってしまう。
その子が死ぬ前にその子とその母親と行った教会で、「ピエタ」を見つける宏。
ピエタとは、十字架にかけられて死んだキリストをマリアが抱きかかえている様子の彫刻。
そのマリアの表情はすごく穏やか。
母親は言う。「どうして自分の息子が死んだのにこんな穏やかな表情ができるんでしょう」
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お互いの名前も知らないまま、惹かれあう宏と麻衣。
麻衣のiPhoneに登録された宏の名前が「大人」で笑った。そのまんま。笑
「私がいるんだから死ぬんじゃねえよ!!」
夜のプールで叫ぶ麻衣。一瞬のキスをした。
もう助からない宏は、最後に麻衣に抱かれて死にたかった。
病気が分かってからお世話になったトイレに、絵を描き始めた宏。
横田が「なんでトイレなの?」と聞くと、「浄化と昇天だから。」
宏が言うと重みがあるように感じた。
絵が完成した。宏がトイレの壁に描いたのは麻衣だった。
便座に座る。
画面が開けて、映画の中で唯一の非現実的なシーンだった。綺麗な死の表現だと思った。
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横田から宏がもうこの世にいないことを知らされた麻衣。
宏の自宅にやってきて、トイレを見た。
泣きながら、絵を消そうとしながら怒る麻衣。
包丁で腕を刺しながら、横田に「どうしたら死ねるんですか?」と聞く。
宏のこと、愛していたのだと麻衣が1番分かりやすく言った台詞。
「……分かりません、ごめんなさい」
おじさんが女子高生に言う台詞じゃないけど。なんでか似合ってた。演技がうまいからかな。
最後のシーン。
麻衣は悲しみを振り切りたくても振り切れないように夜通し歩く。
横田の見ているカメラには、確かに宏が生きていた。
「横田さん。僕、今生きてますよ」
映画はここでおしまい。
エンドロールでRADWIMPSの曲が流れる。
宏演じる洋二郎が作ったんだから歌詞が話とリンクしていて、1度映画を見たらその曲がとても大事な曲に変わっていた。
絵描きを目指しているものとして宏の死に方がすごく美しく感じて、
人生は長さじゃなくて質だと感じた。
今は自分が長く生きる理由なんてないんだけど、これからも人生が続いていくならいつか結婚して、子どもを産んで、自分が長く生きる理由を作れたらなと思う。
理由を見つけた後に自分がダメになってしまった時には、きっとこの映画を思い出して何かを残して死にたいと思う。
自分の人生においてターニングポイントになりそうな映画でした。
