minamonotsukiのブログ

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お母さんのMacをマックで開けた。

久々に見るデスクトップの壁紙、懐かしい。
私には絶対に触らせてくれなかったこのMac、もう時効だよね。

とっとと第一希望の推薦も決めてほっとひと息を吐くよりも先に、わたしは溜め息を吐いていた。
いまのわたしの目には、どんな色も世界も映っていない。
「見つけた…」Ongoing、英語なんてまったく話せなかったくせにフォルダにこんな名前つけてるからすぐにわかった。
「時効だよね、お母さん。開けるよ」

お母さんの恋愛小説に読み耽っていたら、いつの間にか黄昏と呼ぶには遅すぎる夕闇に街並みが霞んでしまっている。
ふと顔を上げて、行き交う人の波に視線を泳がしていると腹時計と同時に携帯が鳴った。
「遅いよ、馬鹿」
応答しても響いてくる声も台詞も色褪せずに変わらないものだから、わたしはそのまま携帯の好きにさせておいてやる。
おやっと向こうが思うのは、向こうの勝手。
わたしの心は久方味わったこともない高揚に満たされていたからね。
「寒いな…」ここのマック暖房代いつもケチってるよな。それとも、思いっきり図体のデカイ寒気団が来てるのかな。ブラウザを立ち上げて天気予報を確認する。
「最低気温0度か、ホント最低だな」Yahooのトピックスも代わり映えしなさそうなありきたりのものばかり。これだったら、わたしでも明日何が起こるのか言い当ててあげてもいいくらい。
あいつからの携帯がなかなか鳴り止まない。
「仕方がない」ブラウザを閉じようとしたら気づいてしまった。

メールボックスに未読のメールが三通。

さすがに戸惑いを感じてしまう。
ただのジャンクメールかもしれないし、開けても咎める人もいないけど、僅かに残されたわたしの良心が咎めているような気がした。
「ウルサイな…」携帯の電源をOffった。
見ても後悔するし、見なくても後悔するに決まってる。
だったら、わたし の答えはいつだってひとつだ。やって後悔する方を選んで生きてきた。そのやり方は多分これからも変えられない。

ー お元気ですか。 From:essendon_vic@yahoo.co.jp

なんだ、これ? これだけ…

「差出人は名無しの権兵衛さんか」

でも、直感的にこの人だとわたしにはすぐにわかった。

ーイタッ…
誰かに後ろから頭を叩かれた。咄嗟に振り返った。
「京一⁉」
闘う相手のいない格闘家のような眼差しをした腐れ縁以外の何ものでもない幼馴染の男がそこに立っていた。
京一と書いて、“ケイイチ”と名乗る変わり者の男だ。相変わらず愛想のない表情を浮かべている。
「何すんのよ⁉ すんでのところで、その顔に蹴り入れてるところだったよ!」
「なにひとの携帯無視してくれてるんだよ。おまけに電源までOffりやがって。渚のくせに生意気なんだよ、お前」
本気で蹴り入れてやる手前で、踏み留まれたわたしは進化している。
さすがに京一も何かを感じ取ったのかわたしの目を真っ直ぐ見つめていた。ちょっとコショバイ感じがしてしまうから、やめてくれ。

京一はなにも言わずに店から出て行く素振りを見せた。
慌ててやつの後を追うようにMacを畳む自分がなんだか後ろめたい。京一の後をついて駅前の商店街を駆け抜けていく。
京一もそうだけど、師走の近づいた街を行き交う人々の足並みはいつもより忙しなく目に映る。
やつの背中を見つめてやる。
そこからわたしが受け取るメッセージはいつだって、I don't care...
人生が始まった初期の頃からわたしの周囲にいたやつだけど、心うちはいつだって、I don't know だ。

あいつの背中を見つめるわたしの心だって、たぶんきっとそうだ。

「なあ、…」京一が立ち止まり話しかけてきた。
背中をわたしに向けたまままで。
「なによ」
わたしの苛立ちの根拠はその背中が邪魔だという意味よ。
「そのMacって、おばさんのだよな」
京一の背中は、わたしが小脇に抱えたお母さんの形見のことを見つめていた。
「あ、あんたに関係ないでしょ!」
言葉の揺れは、多少なりともわたしの中に残っていた罪悪感の残りカスだ。
しばらく立ち止まっていた京一だったけど、しばらくしてまた歩き始めた。
そして、間が空いてポツリと呟いた。

「まあな…」
ーなにが、まあなよ。バカ…
でも、やっぱり伝えて欲しかったよこの時の気持ちを、京一。

誰もいない家に帰り着いて、しばらくは灯りもつけずに暗闇の部屋で惚けた顔をして漂う時間を持て余していた。
窓の外のネオンの灯りだけがわたしの世界にある希望のようだ。心に沁みるようで、だから呟いてしまう。
「お母さん…」

あれから過ぎてしまった季節にことはあまり思い出せないし、思い出したくない。
いまにして思えば、京一に聞きたいことはたくさんあったと思う。

でも、それらひとつひとつのことが何だったのかを思い出せないということは、結局は意味のなかったことだったというのだろうか。
わたしは違うと思う。
それでもわたしは認めなくてはならないだろう、わたしだって I didn't careであったことを。

桜が散る前に、散ってしまった後の季節を思い出してしまう。
京一の三回忌を終えてわたしが私に誓ったことは、しっかり前を見て進むこと。

烏丸から乗った梅田行きの特急電車は、いつものこの時間帯にしては混んでいる方だった。長岡天神を過ぎた辺り、バッグからMacを取り出した。

〈好きな人に"No"を突きつけることは、果てしなく命を削ることだ。愛していればなおさらのことだ。〉
〈結婚した相手に残せる言葉は、ありがとうしかない。それでも、結婚なんてしない方がいい。本当に好きな人に出会えるなくなる。出会えたとしても、自分を許せなくなる。そんな気持ちに正直に向かい合えるようになるのも、全てが終わりどうしょうもなくなってからのことだ。残る言葉は、愛していた。愛している。〉

アイシテル…

From: Subject: Re:To: essendon_vic@yahoo.co.jpDate: Sun, 10 Oct 2004 04:06:25 +0900

やあ、元気にしてる?もう電話もメールもしないつもりだったけど、秋になって涼しくなって夜が長くて村上春樹の新作書き下ろしが発売されて読んじゃったりして、元気かなああ~なんて思っちゃたりして、多分、いや、かなり迷惑?だろうな~。とか考えたりして、このアドレス、遠の前に削除されてるんかも、と思いながらもメールしてます。 貴方が惰性でも、健康で、今年は台風の当たり年だ。とか、落合の‘オレ流‘に関心しただとか、オリンピック、良かった。だとか、思って生きているなら、幸いです。私は相変わらずです。可も不可もなく、多分、幸せです。昨日と同じ今日で、今日と同じ明日です。でも、確実に変化していっていると感じてます。いや~私が変化してるんじゃ、ないのよん。時間が、日付が、季節が、ね、変わっていってるだけです。10年後も気が付いたら、ココに居た。。。な~んて感じなんだろうな。と、思います。むだに生きてるな~。でも結局、多分、確実にそうなんだろうな。訳の解からないおしゃべりでした。最初から最後まで意味不明で、なんじゃこいつ?状態で、すみません。よく眠り、よく食べ、健康でいてて下さい。もし、このメールが届いたなら、とっとと、削除してください。

ーなんじゃ、このノリというか、キャラは⁉ これがうちのオカンか?

この時のお母さんが村上春樹の新作書き下ろしというのは、「アフターダーク」という作品のことだろう。同年の9月7日に発刊されている。
私は何故かまだこの作品を読んだことがなかった。
紀伊国屋に立ち寄ってみたが、意外にもその本はなかった。梅田界隈の書店を巡り四軒目にしてようやくそに作品に出会えた。
薄ぼんやりとした明るみの中に西洋の女性らしき肖像画が浮かんでいる表紙。
なるほどなと私は思う。だから、この本を手にしたことがなかったのだろう。
そのままレジに向かおうとしたが、思い直して立ち止まる。

ー探せば、あるはずだ。