さ~て、先日、ある資料を読んでいましたら『済寧館』と言うモノに出会いました。

 

興味を持ちましたので、さらに、調べて見ました。

 

以下、産経新聞(1月20日配信)に掲載されていた記事を転載させて頂きます。

 

尚、文章は、吉沢智美・記者の手に成るモノです。

 

また、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。

 

皇宮護衛官が技磨く「済寧館」 皇室守護の使命、極めた武道で士気高揚

 

皇宮護衛官らが皇族方や皇居などを守るための鍛錬を行う=16日、皇居・済寧館(吉沢智美撮影)

 

皇宮護衛官らが皇族方や皇居などを守るための鍛錬を行う=1月16日、皇居・済寧館(吉沢智美記者・撮影)

 

皇室の方々の護衛や、皇居などの警備を担う皇宮警察。

 

その皇宮護衛官たちが、剣道や柔道、弓道などの武道に励む聖地が、皇居内にある武道場「済寧館」だ。

 

140年以上の歴史を持つ施設を訪れると、そこには時代を超えて受け継がれる使命を胸に、日々、技を磨く強者達の気迫があふれていた。

 

 

武道で間合い学ぶ

「ヤーッ」

 

竹刀を振る、威勢の良い掛け声が響く。

 

冬のひんやりとした空気が満ちていた武道場に、次第に熱気が満ち始め、風に震えていた窓の音はかき消された。

 

「午前の2時間と午後の1時間は、ほぼ毎日訓練に充てている」。

 

そう話す山中駿・皇宮巡査部長(33)は、剣道6段の猛者だ。

 

技能向上のため、他の皇宮護衛官よりも多くの時間を鍛錬に費やす「特別訓練員」であると同時に、都道府県警察の機動隊の様な役割である「特別警備隊」の一員として現場実務にも従事する。

 

「剣道を通して体を鍛え、間合いを学んでいる。有事にはいつでも動けるように準備している」と胸を張る。

 

皇室の方々の護衛やテロ対策などの任務に当たる皇宮護衛官には、高度な身体能力に加え、武道の技術も求められる。

 

そのため、皇宮警察では武道採用枠を設け、柔道や剣道の有段者で、大会で優秀な成績を収めた人材を少数精鋭で採用。

 

同警察本部によると、過去5年の採用倍率は約10倍程度と言う狭き門だ。

 

山中駿氏の場合は5歳から剣道を習い、日本体育大在学中に関東学生剣道大会団体戦で優勝した経歴を持つ。

 

「自分の特技を生かしながら、皇室守護という崇高な使命に向き合う皇宮護衛官は格好良いと思った」。

 

それが、志望動機と言う。

 

古詩に由来

 

 

《済済たる多士文王以て寧し》。

 

「済寧館」の名称は、「多士済々」と言う四字熟語の由来でもあるこの中国の古詩の一節から引用されている。

 

優れた人材が、数多くいる-。

 

その名の通り、済寧館は正に、国の象徴である天皇、そして皇室を守る事を任務とする数多の優れた人材が切磋琢磨する場なのだ。

 

その歴史は明治天皇の命により、明治16年(1883年)、千代田区紀尾井町に竣工された旧施設に遡る。

 

当初は宮内省(現・宮内庁)の剣・槍術の修練の場だったが・・・明治19年(1886年)の皇宮警察署設置に伴い、皇宮警察官(現・皇宮護衛官)が武道の腕を磨く拠点と成った。

 

時代と共に種目も多様化し、剣道・柔道・弓道の3種目が「済寧三道」と呼ばれる様に。

 

関東大震災による取り壊しなどを経て、皇居にある現在の済寧館は、昭和8年(1933年)に完成した。

「天覧」の誉れ

 

 皇宮護衛官らが鍛錬を行う済寧館=16日、皇居(吉沢智美撮影)

 

皇宮護衛官らが鍛錬を行う済寧館=1月16日、皇居(吉沢智美記者・撮影)

 

約215坪の敷地に建てられた高床式、純和風建築の武道場の中央上座には、天皇の「玉座」が設けられている。

 

済寧館の3文字が揮毫された「扁額」は、明治期の皇族、有栖川宮熾仁・親王の文字を欅板に模刻したもので、同家が確立した「有栖川流」と呼ばれる書体でつづられている。

 

皇室の慶事や皇宮警察の節目の年には武道大会が催され、「天覧試合」などとして歴代の天皇がその雄姿を見守って来た。

 

山中駿氏も、上皇さまの御即位30年を記念して平成31年(2019年)に行われた天覧試合に出場。

 

上皇ご夫妻が御覧になる中での熱戦は、「どの試合よりも緊張した。一生の宝物だと思う」と振り返る。

 

旧臘には、天皇、皇后両陛下が代替わり後初めて武道場に足を運ばれる機会もあった。

 

また、皇宮護衛官らは、全国の都道府県警察がしのぎを削る剣道大会にも参加している。

 

山中駿氏は「護衛官全体の士気高揚のためにも、大会で良い成績を残せる様に訓練に励みたい」と、歴史ある武道場の床を踏みしめ、今後の意気込みを語った。

 

と言う事でした。歴史のひとコマを垣間見た感じですね。

 

ところで、先日、新聞を読んでいましたら『生出(いくずみ)』姓の方が登場。

 

由来に興味を持ちましたので、少し調べて見ました。

 

以下、『名字由来net』に掲載されていた内容を転載させて頂きます。

 

尚、主旨が変わらない程度で、小職が書き換えています。

 

岩手県陸前高田市矢作町(旧・生出)が起源と言われる、とありました。

 

因みに、読みは・・・おいで、おいずる、おいづる、いくで、いくいで、いくだ、いけで、いで、うで、うぶいで、うむで、ういで、しょうで、おいいで、おうで、おで、なまいで、なまで、せいで、おおいずる、おおいで、おおいづる、などがある由。

 

では、本日の小職の予定です。

 

今日は、多くの時間、NPO法人事案(収益法人事案を含む)に伍します。

 

そして、朝夕は、社会福祉法人に参ります。

 

尚、今日は、大好きな新聞の休刊日・・・寂しいですね。