こんばんわー。 さて 私は結構 学ぶことが多いため 自分のレースレポとかは かなり読み返す方なんですが 先日 今年のIMNZを読み返していて ”おやっ” と思ったことがありました。 でそれが そこに書いてあった 

 

”常識は破るもの。 限界は 自分で 確かめるもの。 現実は 自分で作り出していくもの。”

 

という言葉だったんですよね。

 

 

で この言葉は レースの前に見たこちらの動画に触発された言葉だったようなんですが

 

 

確かに この動画の中で ”常識は 破るもの” という言葉はありますし まあ 内容からして ”限界は 自分で確かめるもの” というのも この動画から来ているようなんですが 最後の ”現実は 自分で作り出すもの” というのは 実は自分の言葉だったように思います。

 

私 以前 ”現実と言う名の幻想”という記事を書いているようなんですが 最近 私が以前 ”現実”と呼んでいた物って 只単に 私の頭の中にしか存在しない ”幻想”にしかすぎないという事がようやくわかってきてるみたいなんですよね。

 

 我々に日々起きる出来事って 結局 自分がどう解釈するかによって 我々が ”現実” と呼んでいるものになると思うんですよね。 というのも 同じ出来事でも 当事者の ”取り方”次第で 其の人にとっての”現実” って全く違うものになってしまうわけなんで。 

 

思いだしてみると 私が アイアンマンと言うレースのことを初めて聞いたのは 確か中学校の頃かと思うんですが 南の島で 鉄人レースという スイム3.8キロ バイク180キロの後に フルマラソンを走るとかいう わけの分からないレースがあるという噂をどこかできいて そんなアホみたいなレースは 頭のおかしな人たちがやるレースだから 折れには関係ない世界だなーと思ったことを今でも覚えているんで爆  笑 その意味では アイアンマンと言うレースは 私にとって 現実味のないレースだったように思います。

 

アイアンマンの標語は ”Anything Is Possible” なんですが 恐らく アイアンマンレースに出る人に 皆共通なのが アイアンマンは 自分には可能だという想いかと思うんですよね。 アイアンマンと言うレースは あるコナアスリートの方が ”こんなに大変で お金もかかるレース” と言われてましたが そんなレースだけに やっぱ 心の奥底で 自分には可能だという想いが無いと 中々踏ん切りつかないかと思うんで。 その意味では 自分にはアイアンマンは可能だという想いが アイアンマンができるという現実を作り出しているといえるのかも知れないなーと思いました。 

 

まあ 私も アイアンマンに初めて挑んだ時は この ”自分ならできる” という想いからで それが実際にそうなのか 試してみたかったから 挑んでみたようなんですが よく考えてみると このレースに挑みはじめてから 私にとっての ”現実” って えらく様変わりしたように思いますびっくり

 

私 レースレポに 

 

”今回 私の影響で トライアスロン挑戦が頭に浮かび始めている 姪がまた 応援に来てくれていたので 彼女に 私にとって このアイアンマンと言うレースが どれだけ楽しいものであるのか。 それを目の前で是非見せてあげたいという想いがあったようなんですよね。 それが 彼女が いつか この素晴らしいレースを経験する 援護射撃になるんじゃないかと思っていたようなんで。”

 

と書いていたようなんですが 実は 私がアイアンマンに出続けている理由って この日が 今の私のとって 一番楽しい一日だから。 そこまで単純な理由になってきてるようなんですよね爆  笑 このレース 初めて出た時は ”これまでの人生のすべてをぶつけてみるつもりで” とかいう想いで準備して 地獄の苦しみをひたすら耐え忍んでレースしてたんで 変われば変わるmのだよなーと思いました爆  笑

 

そういえば レースに対する 準備とかも 気づいてみると ものすごく様変わりしてるんですよねびっくり 例えば バイクなんかは 最初の挑戦の時は 確か二度ほど アイアンマンのコース180キロ通しで二度ほど走っていたんですが (しかも 6時間かかってなかったと思うんで ほぼレース強度でしたね爆  笑) ここ数年 lレース前 最長でも 50キロくらいしか乗らずにレース向かってるんですよね爆  笑

 

ちなみに 私 最近 IMNZ 体力的に最後まで持ってるとは言えないですし ( まあ これは ハーフマラソンとかですら そうなんですが笑い泣き) 別にこんな準備でいいと思っているわけではなくて 私の場合 ほかに優先順位があることがあるんで 結果としてこうなってしまっているっだけではあるんですが ただ私 こんな準備でも 距離的にはなんとかなる自信があるから  

こんな準備でレース向かっていることも事実ではあるんですよね爆  笑 (近あしょぼい準備で 去年 痛い目に合っているというのに 今年は 以前 ものすごくバイク乗り込んでた時と同じくらい ”攻めた”レースしてたわけですしびっくり)うーん 冷静に振り返ってみると 私の中の ”現実”って いつの間にか ものすごく変ってきていることに気づきました爆  笑

 

そういえば 今回のレースでは 妻が初めて 私の走り方 ”変わった”といっていて 私自身レースレポに

”去年は 走り出しから 一歩一歩すべてが きつかったというのに 今年は この部分が全然違ったので ”一年で ここまで変わるものなんだなー”と わがことながら すごくびっくりしましたびっくり

と書いてたくらいなんで 自分でもビックリするくらい ’現実”というものが様変わりしているようなんですよねびっくり

そういえば 此の辺の事 若い頃 大学の陸上部で ”走る”という事を研究されてた 律動法の療法者の青木さんに ”たぶんアイアンマンンという極限の中で走ってて自然ンと走りが進化して来た。 そんな印象を持ちました”とコメント頂いたんですが 私は返信で ” 因みに 私の走り方は 自然に変わってきた部分は一つもなく 理詰めで捻じ曲げてきたという表現の方が正しいです” と書いたんですが爆  笑 実際にそれがこのブログに書き綴りながら 私が積み上げて来た ”努力”というものだったんですよね。

 

うーん こうやって振り返ってみると 私 現実って 自分の努力次第で 自分の望む方向に 捻じ曲げていくことが出来るという事に関しては 自分に対して 証明はすでについているように思いました。 なので 後は どれだけ変えられるのか。 要するに程度の問題になっていくようですね。

 

私のブロ友さんで 長距離のランが一番得意な人が 以前 ”走ってさえいれば サブ3は誰にでも出来るはず” と書かれていたことがありました。 なので この方にとっては マラソンのサブ3というのは そんなに難しいことでは無い。 恐らくこれがこれが ”現実”となるかと思うんですよね。

 

ところが 私以前 まだ現役バリバリのころの ランスアームストロング選手が 一度 チーム仲間との賭けで マラソン走ったことがあって 死に物狂いで なんとかギリギリサブ3滑り込んで これが 彼が今までくぐったもののなかで 最も苦しいものだった 書かれてたのも読んだことがあるんですよね。 で アームストロング選手 もともと トライアスロンかじってて IM70.3は 何度か勝ってるんで 決して 持久系のランが苦手ではないはずなんですが マラソンのサブ3というのは 薬迄使って 極限まで 持久力高めていた 決して持久系のランが苦手とは言えない人にとっても すごく難しい。 これが アームストロング氏から見た ”現実”かとも思うんで ”現実”って 人によって ものすごく違うように思うんですよね。

 

さらに書くと このブログで何度も引用させていただいてきたようにこの記事にみれるように

 

 

 梨花さんという 短距離で日本一になったことがあるという方が 初めてマラソン挑まれた時 なんと 五時間20分ほどかかったそうなんですよねびっくり 陸上の短距離で 日本一になるためには アスリートとしての 才能も 能力も 抜きんでていなければ そう簡単になれるものではないンダロウト思うんですが その彼女ですら それだけ苦労するとなると ブッチャケ 短距離系の人間が 長距離の世界でのしていこうと思ったら この ”現実”の違いを何とかしないと どうにもならない。 たぶん 私自身 取り組んでて そこがどんどんわかってきたんで その現実を変えに行くことにずっと取り組んできたんだと思います。 

 

まあ こういう事って これ迄 ずーっと書き続けてきたことなんで そこが特に変わってきてるわけではないんですが 最近思うのは 実は ”現実”の方が変わってきてるようだなーという事なんですよね。 私 もう7年以上前に 體の使い方 運動の仕組みから 作り直すという事二取り組みはじめた訳だったんですが あのころ ひとつ疑問に思っていたことがあって それが アイアンマンとかのレースで使えるレベルで 例えば ”走り方” みたいな 完全に體に染みついてしまっているやり方を 別人のものに変えていくことなんて 出来るのかなーという事だったのは 覚えてるんですよね。

 

ただ まあ アイアンマンの標語が ”Anything Is Possible”なのって 伊達ではないようで 実は世のなか 何事も努力次第。 不可能ではない事は ここまでの取り組みで はっきりしたようで 後はどこまで ”理詰めで捻じ曲げて” 行けるか。そういう程度の問題になってきてるように思います。

 

最近 いろんな意味で 取り組みに迷いがなくなってきたのは こういう 不安感みたいなものからも 解放されてきてるからなのかもしれないなーとこれ書いてて思いました。 まあ 現実なんて いくらでも作り替えていけるものだというÝことは実体験として わかったので これからも 楽しく取り組みながら 夢にも見れなかった現実を手に入れるまで 努力し続けていこうと思っていますニコニコ