私は子供の頃から内向的な性格で、
自分から行動を起こすということはあまりありませんでした。
こんな私が「営業」という世界へ飛び込んだのですから
世の中何が起こるかわかりません。
平成元年のある日、某国内大手生保会社のセールスのかたが
「一緒に仕事をしませんか?」と
飛込み訪問でわが家にやってきました。
そのかたはナント「仕事も会社も楽しいですよ!」と本当に楽しそうに言っておりました。
私は内心「ウソでしょ?!」と叫んでいました。
保険会社が楽しいなんて・・・ありえない!
実は私の母も私が学生の頃(約30年程前)、保険のセールスをやっていました。
当時は今より生命保険に対するイメージも悪いし、意識も低い。
挙績するのは大変だったと思います。
母は夜も日曜日も仕事に出かけて行きました。私はそんな母を見ていましたので、
「保険の仕事は大変だなあ。私は絶対にやらないゾ!」
と心に決めていたのです。
でも、あまりに熱心に誘ってくれるので、
「そんなに言うなら・・・」と、会社見学に何度か行きました。
会社の雰囲気は和気あいあいとしていて、なるほど確かに楽しそうでした。
そして、ついに・・・!
絶対にやらないと決めていた私が、この仕事を選んだのです!
当時、私は仕事を探していたこともありますが、いちばんの理由は、
生き生きとした表情で「仕事が楽しい」と語っていた彼女の言葉を信じたからなのです。
また、小さな子供をかかえておりましたので(当時一歳半)
働きやすい職場環境であったことも理由のひとつです。
夫はしぶしぶOKだったかも???
本当に世の中何が起こるかわからないものです。
こうして私は平成2年4月から保険外交員として働くことになったのです。
以来9年間、その会社に在籍していました。
最初の3~4年は特に仕事が楽しかったです。
保険の必要性を学び、コンサルティングをしながら
契約をいただくのですから
この仕事は理にかなっていると思いました。
やっていくうちに、お客様にもっともっと保険のことを
わかってほしいと思うようになったのです。
そんな中、バブルも弾け、保険料率が何度も改正になり、
保険料は高くなっていきました。
こちら側(売る側)も勧めにくく、お客様も入りにくくなったのです。
時代の移り変わりとともに、当然お客様のニーズも変わってきます。
お客様は死亡保障を下げ、保険料を安くしたい。
医療保障については入院日額を上げたい。もしくは医療保障だけ入りたい。
死亡保障は200万円あればいいんだけど、入院日額を1万円付けたい。
などなど・・・現場でお客様のそういう声を聞くようになりました。
会社は会社で、安い保険料で大きな保障が売れるようにと主要商品が新しくなったり、
また、今まで以上に転換を奨励するようになっていきました。
フツーの主婦のかたに死亡保障5000万円のプランや、
独身男性のかたに同じく5000万円のプラン。
はたまた小学生のお子様に1000万円のプラン・・・。
ふつうはありえません。
意味のない転換・・・
会社のため?セールスのため?みたいな転換・・・
だんだんと、私の思いと会社の方向性との間にズレが生じていきました。
お客様が求めているものと私がおすすめしたい商品、会社が打ち出す商品。
ああ、なんだか噛み合わない・・・。
もっともっとお客様のニーズにお応えしたい!でも、今の会社の商品では叶わない!!
そんなとき、先にアリコの代理店をやっていた先輩から「代理店にならない?」と
持ちかけられたのです。
話を聞くと、会社の理念や商品のラインナップ、
すべてが私の求めていたものとぴったり合いました。
商品は単品販売。まさにオーダーメイドです。転換制度もありません。
無駄がなく、効率的で、本当にお客様サイドに立っているなあと思いました。
これなら自信を持ってお客様におすすめできる!
また、商品の開発力も優れているのです。
そして私は9年間在籍していた国内生命保険会社を退社しました。
こうして、その3年後の平成14年9月にアリコジャパンの代理店になったのです。
以来6年が過ぎ、おかげさまでお客様も増えてきました。
これからも、保険の本当の必要性やしくみをお伝えしていき、
皆様の正しい保険選び、そして、
夢をかなえるお手伝いをしたいと思っています。
自分から行動を起こすということはあまりありませんでした。
こんな私が「営業」という世界へ飛び込んだのですから
世の中何が起こるかわかりません。
平成元年のある日、某国内大手生保会社のセールスのかたが
「一緒に仕事をしませんか?」と
飛込み訪問でわが家にやってきました。
そのかたはナント「仕事も会社も楽しいですよ!」と本当に楽しそうに言っておりました。
私は内心「ウソでしょ?!」と叫んでいました。
保険会社が楽しいなんて・・・ありえない!
実は私の母も私が学生の頃(約30年程前)、保険のセールスをやっていました。
当時は今より生命保険に対するイメージも悪いし、意識も低い。
挙績するのは大変だったと思います。
母は夜も日曜日も仕事に出かけて行きました。私はそんな母を見ていましたので、
「保険の仕事は大変だなあ。私は絶対にやらないゾ!」
と心に決めていたのです。
でも、あまりに熱心に誘ってくれるので、
「そんなに言うなら・・・」と、会社見学に何度か行きました。
会社の雰囲気は和気あいあいとしていて、なるほど確かに楽しそうでした。
そして、ついに・・・!
絶対にやらないと決めていた私が、この仕事を選んだのです!
当時、私は仕事を探していたこともありますが、いちばんの理由は、
生き生きとした表情で「仕事が楽しい」と語っていた彼女の言葉を信じたからなのです。
また、小さな子供をかかえておりましたので(当時一歳半)
働きやすい職場環境であったことも理由のひとつです。
夫はしぶしぶOKだったかも???
本当に世の中何が起こるかわからないものです。
こうして私は平成2年4月から保険外交員として働くことになったのです。
以来9年間、その会社に在籍していました。
最初の3~4年は特に仕事が楽しかったです。
保険の必要性を学び、コンサルティングをしながら
契約をいただくのですから
この仕事は理にかなっていると思いました。
やっていくうちに、お客様にもっともっと保険のことを
わかってほしいと思うようになったのです。
そんな中、バブルも弾け、保険料率が何度も改正になり、
保険料は高くなっていきました。
こちら側(売る側)も勧めにくく、お客様も入りにくくなったのです。
時代の移り変わりとともに、当然お客様のニーズも変わってきます。
お客様は死亡保障を下げ、保険料を安くしたい。
医療保障については入院日額を上げたい。もしくは医療保障だけ入りたい。
死亡保障は200万円あればいいんだけど、入院日額を1万円付けたい。
などなど・・・現場でお客様のそういう声を聞くようになりました。
会社は会社で、安い保険料で大きな保障が売れるようにと主要商品が新しくなったり、
また、今まで以上に転換を奨励するようになっていきました。
フツーの主婦のかたに死亡保障5000万円のプランや、
独身男性のかたに同じく5000万円のプラン。
はたまた小学生のお子様に1000万円のプラン・・・。
ふつうはありえません。
意味のない転換・・・
会社のため?セールスのため?みたいな転換・・・
だんだんと、私の思いと会社の方向性との間にズレが生じていきました。
お客様が求めているものと私がおすすめしたい商品、会社が打ち出す商品。
ああ、なんだか噛み合わない・・・。
もっともっとお客様のニーズにお応えしたい!でも、今の会社の商品では叶わない!!
そんなとき、先にアリコの代理店をやっていた先輩から「代理店にならない?」と
持ちかけられたのです。
話を聞くと、会社の理念や商品のラインナップ、
すべてが私の求めていたものとぴったり合いました。
商品は単品販売。まさにオーダーメイドです。転換制度もありません。
無駄がなく、効率的で、本当にお客様サイドに立っているなあと思いました。
これなら自信を持ってお客様におすすめできる!
また、商品の開発力も優れているのです。
そして私は9年間在籍していた国内生命保険会社を退社しました。
こうして、その3年後の平成14年9月にアリコジャパンの代理店になったのです。
以来6年が過ぎ、おかげさまでお客様も増えてきました。
これからも、保険の本当の必要性やしくみをお伝えしていき、
皆様の正しい保険選び、そして、
夢をかなえるお手伝いをしたいと思っています。