お母さんが亡くなるちょっと前
黄疸が出て目も黄色くぷっくりしてて
その顔見たら
「あぁ、お母さん死んじゃうのかも」
って思っちゃって。
それまではお母さんは治って帰ってくる。
だからお見舞いに行くのもちょっと
めんどくさいって思うこともあった。
黄疸見たときにはそう思っちゃって
でも、どうなんだろ。どうなるんだろう。
って思ってたら事がトントン拍子で進んで
気づいたらお母さんが、
お母さんの体だけが残って
心は私たちには見えないところに行っちゃった。
色々と全部はしっかり覚えてなくて、
日付だったりとか内容も断片的なところもあって。
日記とかにちゃんと書いてたら良かったなって
今は思う。
辛い時に書いてたのもあるけど
読み返した時に恥ずかしくて捨てちゃったし
話戻るんだけど
お母さんが亡くなる前に
ドナーが見つからなくて
体力的にももう無理だってなっちゃって
先生)「このまま治療を続けるか、やめるか。」
みたいなこと言われて
ここで決断しなきゃいけなかったのが
お母さんの妹とおばあちゃんの弟(お母さんの)
お兄ちゃんと私だったんだけど、
みんなお母さんはたくさん頑張ったし
これ以上傷も増やしてあげたくないって
言ってたの。
私は心の中で
「治療してまだここにお母さんがいてくれるなら
治療してくれるほうがいいな」
そう思ったんだけど、
みんな暗い表情だったし
ここで自分の意見は言うべきじゃないんだろうな
って思ったから
「私ももうやらないでほしい」
この嘘は正解だったのか分からないけど
ずっと私の中でこのときに私だけでも
こう言ってたら何か変わってたのかな?とか
今でもちょっと考えてしまう。
亡くなったときのことも覚えてて
私はお母さんのいとこの家に預けられていて
その日急に電話が来て
早く行かなきゃ行けないってなって
着いたら亡くなってるの分かってたのに
早く早く急いで行って
もう戻ってこないお母さんを見て
私は無だった。
みんな泣いてたし、お兄ちゃんなんか
過呼吸になって看護師さんや
みんなに心配されて
誰の何に来たのかわかんない状態になってたし。
私は逆に泣きもしないから泣いていいよ
なんて言われちゃって。
あのときのハッキリした感情は
あんまり覚えていないけど
無だった。よりも考えたくなかったから
無意識に自分を守ってたんだなって
今は思う。
もしかしたら同じような話を前にもしたかも
しれないけど、
頭の中に出てきた感情は書いていこうって
決めたから
あの時の感情、気持ちを書きました。
あ、そう。書きたいというか気になったことが
あって書いてたのに話が逸れたんだ
お母さんは亡くなったとき
何を思って亡くなったんだろう。
最後は私たちのこと考えてたのかな?
それとも先に亡くなったお父さんに会えることを
喜んでたのかな?
ICUに入ってしばらくしてからは
会話できなくなって
赤ちゃんみたいになってて
カサカサになった唇の皮を一生懸命取ってた。
看護師さんにも優しく注意されてた。
私の顔を見てるのに見てないような目。
お母さんじゃなくなったんだなって思ってたな。
もうその時から何か分かってたのかな?
天国ってあるのかな?