日月神示を繰り返し読む 2024年07月07日 | イエス様と生きる

イエス様と生きる

神様を褒めたたえることは
人としてとても大事です
死んだ者はそれが出来ません
死んだ人は神様を崇拝出来ない
生きるならば
本当の神様を崇拝することです

㉑日月神示 梅の巻②

天(あめ)の岩戸ばかりではないのです、地(くに)の岩戸も臣民の手で開かなければならないのです、誠一つで開くのです、誠のタジカラオの神、誠のウズメの命殿の御用は結構なことです、嘘でダマした岩戸開きではダマした神様がお出ましなのです、この道理が分からないのですか、取り違いは禁物です、生れ赤子の心になれば分かるのです、今の臣民はお日様が明るいと思っていますが、誠の世の誠のお日様がどんなに明るいか見当とれないでしょう、良く見ていてください、見事な世界にしてお目にかけるのです、神示を読んで聞かせてやってください、神示を読んで嫌な顔をする人民は後まわしになります、飛び付く人民は縁あるのです、早く読み聞かせる神示を選り別けておいてください、間に合わないような事がないように、御無礼がない様にしてください、日本には五穀野菜、海のもの、野のもの、山のもの、すべて人民の食べて生くべき食べ物は作らせてあるのです、日本人には肉類は禁物なのです、これから食べ物の騒動が激しくなると申してあることを忘れないでください、今度は共食いとなるのです、共食いしてはならないので今から心を鍛えて食べ物を大切にしてください、食べ物を拝む所に食べ物が集まるのです、ひたすらに神にすがってお詫びしてください、それより他に今は道はないのです、外国を日本の土地にしなければなりません、日本とニホンを取り違いしないでください、何事も神が第一なのです、神をそちのけにして行うとスコタンばかりになるのです、分け隔てがあると思うのは自分の心に分け隔てがあるからなのです、世界中のそれぞれの国、臣民、氏神様、産土様、いよいよ天の命令通りに取りかかってください、もう待てない事に時節が来ているのです、世界の人民は皆泥海の中に住んでいるのです、元の水を流して清めてやらなければならないのです、泥水を泥水と知らずに喜んでいるので始末に困るのです、清い水に住めない魚は誠の魚ではないのです、つらい役は因縁のミタマが行うのです、しっかり心得てください、このままでは世界は続いては行かないということは分かっているでしょう、所々の氏神様、今までの様な氏子(うじこ)の扱いでは続かないのです、天の規則通りにやり方を変えてください、間に合わないことになるのです、血を尊んでください、血は霊であり神であるのです、血を濁してはならないのです、血を混ぜこぜにしてはならないのです、黄金(こがね)は黄金の血、白銀(しろがね)は白銀の血です、黄金と白銀を交ぜ交ぜて別の血をつくってはならないのです、外国には混ぜこぜもあるのですが元を混ぜこぜにしてはならないのです、交ぜることは乱すことです、学はこの大事な血を乱す様に仕組んでいるのです、血を乱すことが良く見える様にしたのは悪神です、人民の目をくらましているのです、科学科学と人民は申しているのですが、人民の科学では何も出来ないのです、乱すばかりなのです、神に尋ねた神の科学でないと何も成就しないのです、分からなくなったら神に尋ねてくださいと申してあることを忘れないでください、一に一を足すと二ばかりだとは限らないのです、分かりましたか、神の世になれば天地が近くなるのです、天も地も一つになるのです、今の人民には分からないのですが、神も人も一つ、上も下も一つとなって自づから区別出来て一列一平上下出来るのです、この世はそのままにしておいても自然にどうにか動いて行くものだと上に立つ守護神は逃げているのですが、そんな事で祭事(まつりごと)が出来ると思うのですか、自然には動かないのです、その奥の奥の奥の奥の奥の奥の奥のキのイキから動いていることは分からないでしょう、人民が思っていることは天地の違いなのです、・の中にまた〇があり、その〇に⦿があり、限りなくあるのです、人民の研究も良いのですが、研究とは神の研究なのです、道にひたすら仕え祀ってください、拝んでください、人の研究では誠のことは分からないのです、我(が)を折って分からないことは神の申すことを聞くのです、分からなくても聞いてください、悪い様にはさせないのです、まつりまつりだとくどく申してあるでしょう、我を捨てて拝めば神のキが通じて何でも分かって来るのです、今の人民はまるで神示が分かっていないので恥ずかしい事が起きて来るのです、情けない事が起きるのです、くやしさが目の前です、次の世がミロクの世なのです、天の御先祖様の世です、地の世界は大国常立の大神様が御先祖様です、天の御先祖様がこの世の始まりです、お手伝いが弥栄えのマコトの元の生神様です、仕上げは見事に成就させるのです、安心してください、天も晴れるのです、地も輝くのです、天地一つとなって誠の天となりなり誠の地となりなり、三千世界一度に開く光の御代は楽しいのです、とても爽やかでとても清々しくてとても面白いのです、いよいよ何もかも引き寄せますからその覚悟はよいですか、覚悟してください、爽やかで、とても清々しいのです、四十七と四十八と四十九です、自分で自分のしていることが分からないでしょう、神がさせているのですから人間の頭では分からないのです、仕組み通りに使われて、身魂の掃除の程度に使われて、使い別けられているのです、早く人間心を捨ててしまって神の申す通りに従ってください、それが各自の人徳と申すものです、一家のため、国のため、世界の民のため、天地の御ためなのです、今までに無かったことを今度は行うのですから、合点出来ないのも道理なのです、その通りです、始めは戦いで、争(いくさ)で世の建て替えする積りであったのですが、あまりに曇りがひどいので、イクサばかりでは、世界の隅々までは掃除出来ないので、今度は世界の家々の隅まで掃除するのですから、その掃除はなかなか難しいので、戦(イクサ)ばかりではないのです、家の中をキチンとして食べ物を大切にすることがカイの御用と申してあるでしょう、今度の岩戸は開けっ放しです、褌は要らないと申してあるでしょう、四十九、天明は神示を書く役目なのです、一二三(ひふみ)となる日が近づいたのです、節分までに皆の守護神を同じ宮に祀ってください、まつり祀ってまつり合わせ、和合して物事が成就するのです、まつる心が無い者には誠は無いのです、誠は分からないのです、靖国のミタマもそれまでに奥山に祀ってください、まつり替えてやってください、世界の神々様、守護神様、人民のみたまを祀ってください、まつりは結構なのです、節分からの誓言(ちかい)を変えさせるのです、大神様には御三体の大神様、御三体の大神様と七回繰してください、それで良いのです、神々様には弥栄ましませと五回繰り返してください、霊(タマ)の宮には弥栄ましませと三回繰り返してください、それで良いのです、弥栄えです、よくもまぁ鼻高ばかりになったものです、四つ足と天狗ばかりなのです、まぁまぁやりたいだけやって見てください、神は何もかもすべて調べ貫いて仕組んであるのですから、人は性来だけの事しか出来ないのですから、いよいよとなってから神にすがらなければならないという事が分かったなら、今度こそは誠の神にすがってください、今度こそ神にすがることが出来なければ万劫末代浮ばれないのです、やりたいことをやって見て得心行くまでやって見て、早く改心するのが結構なのです、ミロクの世のやり方の型を出してください、一人でも二人でも良いのです、足場を早く作ってくださいと申してある事を忘れたのですか、尾を振る犬を打つ人民はいないように、ついて来る人民を殺す神はないのです、ミロク様が月の大神様です、身欲信心はスコタンばかりになるのです、天津日嗣の御位は幾千代かけて変わらないのです、日の大神様、月の大神様、地(くに)の大神様の御血統(おんちすじ)弥栄え弥栄えです、いよいよ日本の人民はアフンとなるのです、皆それぞれのゆかりの集団(まどい)に・を入れてください、神示がひふみとなるのです、天明は画家となってください、絵を描いて皆にやってください、弥栄えとなるのです、いやさかいやさか、今度はキリスト教も仏教も何もかも生かさなければならないのです、早くからこの方の元へ来ていても、因縁があっても肝腎が分からないと後戻りばかりなのです、肝腎の肝心です、学も良いですが学は学の価値だけしかないのです、途中からの神は途中からの神、途中からの教えは途中からの教え、今度の御用は元のキの道なのです、世の元からの神でないと分からないのです、出来はしないのです、生れ赤児の心とは、途中からの心や教えをすっかり捨てるという事なのです、まだまだどえらい事が起きて来て日本の国はいよいよ潰れたという場面になって来ますから、皆が誠の神魂になって来ないと誠の神は出ないのです、誠ある所に誠の神が働くのです、誠が無いところに働く神は悪神なのです、良く気を付けてください、いくら時節が来ても人民に誠が無いと気の毒ばかりになるのです、この方は気の毒は嫌いです、道は神にも曲げられないのです、龍神は悪神だと言う時が来るのです、心してください、誠の無い者は今にこの方を拝む事は出来ないことになるのです、この方に近寄れないのは悪の守護神殿なのです、愈々天の御先祖様と地の御先祖様と御一体に成りなされ、王の王の神で末代治める基(もとい)をつくるのです、少しでも混じり気があってはならないのです、早く洗濯掃除するのが結構です、御用はいくらでもあるのです、お蔭は取り徳です、出来るだけ大きな器を持っていてください、皆々欲が小さいのです、欲が小さすぎるのです、話すことは放すことです、放すとつかめるのです、これから三年の苦労です、一年と半年と半年と一年で合わせて三年です、手を合はわせて拝むだけでは何にもならないのです、拝むとは御用することです、形体(かたち)だけ出来ても何にもならないのです、拝まないのはなお良くないのです、神から遠ざかることです、この道は少しも心を許せないキツくてやさしい道です、泰平の嬉し嬉しの道なのですが、何時も剣の上下に居る心構えが結構なのです、一の国は一の国の教え、二の国は二の国の教え、三の国は三の国、四の国は四の国の教えと、それぞれの教えがあるのです、道は一つです、取り違いしない様にしてください、住む家も、食べる物も違うのです、混ぜこぜしてはならないのです、皆皆不足無くしてそれぞれに嬉し嬉しです、不足の無い光の世が来るのです、早くミタマ相当の御用が結構結構なのです、世がいよいよ開けて行くと人民は申していますが、いよいよ行き詰まって来るのです、遅い早いはあるのですが何れは出て来ますから、神示を早く肚に入れて置いてください、神示がまだまだ分かっていないのです、待てるだけ待っているのですが世を潰すわけには行かないのです、人民も磨けば神に御意見出来る程に身魂によってはなれるのです、地(くに)の日月の神と栄えるのです、何より身魂磨きが良いのです、人気の悪い所ほどメグリがあるのです、日本のやり方が違っていたと言うこと、五度違ったと言う事が分かって来なければ、日本の光は出ないのです、表面(うわべ)を飾らないでください、言葉も噛めば噛むほど味が出て来るのが磨けた身魂です、中味が良くなって来ると表面を飾らなくても光が出て来るのです、これまでの日本のやり方が悪いから、神が神がかりをして知らせてやったのです、気を付けてやったのに気の付く臣民がほとんど無いから、今度は五度の岩戸を一度に開いてびっくり箱を開けて、あっ晴れと神々様にも御目にかけるのです、喜んで載くのです、神示通り出て来てもまだ分からないのですか、神示は神の息吹きです、神の心です、口上手、身振り上手で誠ない者はこの方は嫌いなのです、トドメは⦿の神です、先が見えるのです、先が見えないのは途中からの神です、神の近くに引き寄せても、実地に見せても、我が強いから中々に改心しない臣民ばかりです、少しは神の心を察して見るのが良いのです、気の毒が起きますから、少しは神の身にもなってみるものです、このままでは気の毒なことになりますから、早く守護神を節分までに祀ってください、何事もキリキリキリと言う事があるのです、世を治めるのは 九(こ)の花咲耶姫様です、金(きん)では治まらないのです、悪神の悪では治まらないのです、ここまで申してもまだ分からないのですか、金では治まらないのです、悪の総大将もその事は知っていて、金で世を潰す計画なのです、分かっている守護神殿は早く改心結構なのです、元の大神様に御無礼しているから病神に魅入られているのです、洗濯すれば病は治るのです、病神は恐くて入って来れないのです、家も国も同様なのです、神示は幾通りにでも説けるのですが、誠一つで説いて実行してください、口で説くばかりではどうにもならないのです、魂がなくなってはならないのです、苦しむと曲るのです、楽しむと伸びるのです、この方は苦しむことは嫌いなのです、苦を楽しんでください、この方を敵とする御力の神はいくらでも早く出て来てください、この方は敵対する神様を御用に使うのです、あっ晴れと御礼申すのです、世界のどんな偉い人でも、この方に頭を下げて来なければ今度の岩戸は開けないのです、早く神示を読んで神の心を汲み取って、ミロクの世の礎を早く固めてください、ケタの違うソロバンでいくらはじいても出来はしないのです、素直になってついて来てください、見事光の岸に連れて参って喜ばしてあげるのです、十二の流れ、六の流れとなり、三つの流れとなり、二となり一と成り鳴りて一つになり、一つの王で治めるのです、弥栄えの仕組み、普字と成答の仕組みがいよいよとなったのです、とても嬉しくとてもすがすがしい、普字は晴れたり日本晴れ、この巻は梅の巻です、後の世の宝と栄えるのです