日月神示を繰り返し読む 2024年06月26日 | イエス様と生きる

イエス様と生きる

神様を褒めたたえることは
人としてとても大事です
死んだ者はそれが出来ません
死んだ人は神様を崇拝出来ない
生きるならば
本当の神様を崇拝することです

⑩日月神示 キの巻

節分からは手を打ちながらひふみ祝詞を宣(の)ってください、拍手は元の大神様の全き御働きです、タカミムスビとカミムスビの御働きです、御音(おんおと)です、和です、大和(だいわ)のことです、言霊(ことだま)です、喜びの御音です、悪を祓う御音です、節分を境にして何もかも変化するのです、何事も掃除が一番なのです、神示を読めば何もかも分かる様になっているのです、おわりの御用は御苦労様でした、奥の奥のことは仕組み通りになっているので臣民は心配しないでください、一の宮は桜咲く所に作ってください、天之日津久の神奉賛会でよいのです、オオカムツミの神と申して祀ってください、祭典(まつり)は国民服の左の胸に八垂(やた)れのシデを二本つけて、絹(きぬ)のシデをつけて当分は奉仕して良いのです、道場は一の宮と一つの所でよいのです、イイヨリの御用、タニワの御用は御苦労様でした、皆さんいよいよです、今から弱音では何も出来ないのです、春マケ、夏マケ、秋マケ、冬マケ、ハルマゲドンとなるのです、いよいよなのです、褌(ふんどし)を締めてください、グレンとなるのです、雨の神、風の神、地震の神、岩の神、荒の神様にお祈りすればこの世の地震や荒れを逃(のが)れさせて下さるのです、皆さんに知らせてやってください、この方はイの神と現われるのです、キの神と現われるのです、シチニの神と現われるのです、ヒの神と現われるのです、ミの神と現われるのです、イリヰの神と現われるのです、イキシチニヒミイリヰの神です、五柱の神様を篤く拝んでください、十柱の神を篤く拝んでください、カミの大事な肝腎の所が違った事になっているので、その肝腎要(かんじんかなめ)の所を元に戻さなければ、どんなに人間が学や知恵でやってもどうにもならないのです、元の先祖の神でないと最後の仕上げは出来ないのです、神の国の元の因(もと)のキのミタマを入れて練り直さなければ出来ないのです、肝腎がひっくり返っているのです、早く気づかないと間に合わないのです、世界の事ですからもう少し大きな心を持ってください、世界の御用ですから大きな心でないと御用が出来ないのです、これからは神が化けに化けて心を引くことがありますからそのつもりでいてください、この神示はその人の心の通りに映るのです、思いが違うといくら神示を読んでも違うことになるのです、心が違うとどんなに偉い神様でも人でも今度は気の毒な事が起きるのです、この方は悔やむ事は嫌いなのです、次の世になれば、これまでの様に無理に働かなくても楽に暮らせる嬉し嬉しの世となるのですが、今の臣民は人の手に握っているものでもタタキ落して取る様になっているのですから神も往生するのです、神は臣民を楽にしてやりたいのですが、楽に慣れてしまって自分の力で楽になった様に思って神を無きものにしたので今度の難儀となって来たのです、そこにまだ気づかないのですか、キが元だと申してあるでしょう、早く気づかないと間に合わないのです、この神は従う者には穏やかですが、逆らう者には鬼となるのです、道場開き結構でありました、皆さん御苦労でした、知らせてある様に道を開いてください、天と地と合せ鏡です、一人でやってはならないのです、桜咲く所に桜と共に花が咲くのです、夏マケ、秋マケとなったら冬マケで泣きあげなければならないのです、戦争が終わってからがいよいよ本当の戦(いくさ)なのです、褌を締めてください、役員も一度は青くなるのです、土に潜るのです、九、十に気を付けてください、神示を良く読んでください、肝腎のことが分かってはいないのです、一(ヒ)のことです、物を自分のものだと思うのは天の賊(ぞく)です、すべてはてんし様のものだとくどく申してあるのにまだ分からないのですか、行いが出来て口を静かにすると何事もスラリスラリと行くのです、行(ぎょう)が出来ていないと何もかも遅れてしまうのです、遅れるだけ苦しむのです、神の国の半分の所には嫌な事が起きるのです、洗濯出来た臣民に元の神がかかって、さぁ今だと言う場面になったら臣民の分からない働きをさせて悪では出来ない手柄をさせて、何という結構な事かとビックリ箱が開くのです、天と地との親の大神様のミコトで開くのです、いくら悪神がじたばたしたしても手も出せないのです、この世を三角にしようと四角にしようと元のこの方等の心のままなのです、後から来た守護神が先になりますから、今の役員が後にならないように神示で知らせてあるのですから、良く神示の裏の裏まで読んで肚に入れて、何一つ分からない事がない様にしてください、今に恥ずかしいことになるのです、元の大和魂の誠の身魂が揃ったら、人は沢山いなくてもこの仕組みは成就するのです、末代動かぬ世の元の基礎を築いて決着をつけるのです、キが元だと何度も申してあるでしょう、上は上の行、中は中、下は下の行い作法があるのです、混ぜこぜにしてはならないのです、この神示の中からキチリキチリと礼儀正しくしてください、今までして来た事がなるほど天地の神の心に背いているということが心から分かって、心からお詫びして改心すれば、これから先も末代身魂をかまうのです、借銭を負っているミタマはこの世には置いてもらえないことに規則が定まったのです、早く皆に知らせてやってください、タテコワシ、タテナオシが一度になるのです、建て直しの世直しが早くなるかも知れないのです、臣民は遅れないでください、建て直しを急ぐのです、建て直しとは元の世の神の世に返す事です、元の世と申しても泥の海ではないのです、中々に大層な事であるのです、上下にグレンだと申してあることを良く肚に入れてください、悪いことを待つのは悪魔です、いつ建て替えや大峠が来るかと待つ心は悪魔に使われているのです、この神示を世界中に知らせるのです、今までは大目に見ていたのですが、もう待てないのですからもう見直し聞き直しはないのです、神の規則通りにビシビシと出て来るのです、世界一平に泥の海であった世界を造り固めたのは国常立尊なのです、親神様を泥の海に住まわせる事はおそれ多いことなのです、それで天に昇って行かれたのです、岩の神、荒の神、雨の神、風の神、地震の神様、この神々様の御手伝いでこの世のつくりかためをしたのです、世の元からの龍体を持たれた荒神様でないと今度の御用は出来ないのです、世界をつくり固めてから臣民を造ったのです、何も知らずに上に昇って神を見おろしている様では、どうしてこの世が治まるでしょうか、天と地の御恩ということが神の国の守護神に分かっていないので難儀なことがいよいよどうにもならない事が起きるのです、世界はバタバタとなるのです、臣民はこの世に生まれ落ちたら産(うぶ)の御水を火で暖めてウブ湯を浴びせてもらうのです、その御水はお土から頂くのです、たき火やともし火はすべて日の大神様から頂くのです、御水と御火と御土(火・水・土)でこの世の生(せい)あるものが生きているのです、そんなことくらい誰でも知っていると申すでしょうが、その御恩という事は知らないでしょう、一厘の所は誰も分からないのです、守護神も曇っているのですから神々様にも早くこの神示を読んで聞かせてやってください、世間話に花を咲かせる様では誠の役員とは言えないのです、桜に花を咲かせてください、せわしくさせているのです、せわしいのは神の恵みなのです、今の世ではせわしくなかったら臣民は腐ってしまうのです、せわしく働いてください、山の谷まで曇っているのです、曇っている所に火の雨が降るのです、曇った所には神は住めないのです、曇って神のいない所はいよいよひどい事が起きるのです、神がやるのではないのです、臣民が自分でやるのです、一日一日延ばして臣民を改心させるようにしたのですが、一日延ばせば千日練り直さなければならないので、神はいよいよ鬼となって規則通りにビシビシと埒(らち)をつけるのです、もう待てないのです、どこから何が出て来るか分からないと申してあるでしょう、花火に火をつけてください、日本の国が乱れて来たのは来られないものを来させたからです、三千年の昔に返すのです、三万年の昔に返すのです、三十万年の昔に返さなければならないかも知れないのです、家内が和合出来ない様では、この道の取り次ぎ役員とは言えないのです、和が元だと申してあるでしょう、和合出来ないのはトラとシシです、どちらにもメグリがあるからです、昼も夜も無いのです、坊主が坊主臭くてはならないのです、一二三(ひふみ)とは限り無い神の弥栄えなのです、一(ひ)は始めなき始であるのです、ケは終りなき終りです、神の能(はたらき)が一二三です、始めなく終りなく弥栄えの中今(なかいま)なのです、一二三は神の息吹きです、一二三を唱えてください、神人共に一二三唱えて岩戸が開けるのです、一二三に融けてください、一二三と息してください、一二三を着てください、一二三を食べてください、始めに一二三あり、一二三は神です、一二三は道です、一二三は祓い清めです、祓い清めとは弥栄えです、神の息です、てんし様の息です、臣民の息です、ケモノの息です、草木の息です、一であり、二であり、三であるのです、ケであり、レであり、ホであるのです、右渦であり、左渦であるのです、皆の者に一二三を唱えさせてください、五柱御働きです、八柱十柱御働きです、五十連(いつら)です、意露波(いろは)です、分かりましたか、見苦しい霊(たま)には見苦しいものが写るのです、それが病の元です、見苦しい者に見苦しいタマが当たるのです、それで早く洗濯掃除と申してくどく気をつけておいたのです、神の試しもあるのですが所々にみせしめがあるのです、早く改心してください、それが天地への孝行であるのです、てんし様への忠義であるのです、鎮魂(ミタマシズメ)には神示を読んで聞かせてください、三回、五回、七回、三十回、五十回、七十回で始めは良いのです、それで分からない様であればお出直しなのです、世に落ちておいでなさる御方(おんかた)の御一方(おんひとかた)の竜宮の音姫殿が御守護遊ばすのです、この方が天晴れ表に表われるのです、これからは神徳を貰わないと一寸先にも行けないことになったのです、御用させてくださいと申してもメグリある金(かね)は御用にならないのです、メグリになるのです、自分の物だと思うのが天の賊です、これまで世に出ている守護神の九分九厘は天の賊です、偉い人はいよいよとんでもないことになるのです、捕われるのです、痛い目に遭わされるのです、今に目が覚めるのですが、その時ではまるで遅いのです、お上も一時は無くなるのです、一人々々何でも出来る様になっていてくださいと申してあることが近くなったのです、火の大神様に気を付けてください、どえらいことになるのです、一厘のことは言わなければならず、言ってはならず、心と心で知らせたいのですから心で受け取ってください、良く神示を読んで悟ってください、神から頼むのです、三月三日から更に厳しくなるから用意しておいてください、五月五日から更に更に厳しくなるから更に用意して何んな事が起ってもビクともしない様に心しておいてください、心が違っているので臣民の思うことの逆様ばかりが出て来るのです、九月八日の仕組みが近くなったのです、この道はむすび、ひふみとひらき、みなむすび、神々地に成り悉く弥栄え戦争(いくさ)つきはつ大道です、一時はこの中も火の消えた様に淋しくなって来るのです、その時になってもお蔭を落さない様にしてください、神の仕組みがいよいよ世に出るのです、三千年の仕組みが晴れ晴れと、富士は晴れたり日本晴れ、桜花が一二三(ひふみ)と咲くのです、誠の事を申すと耳に逆らうでしょうが、その耳を取り替えてしまうのです、自分に分からないメグリがあるのです、今度は親子でも夫婦でも同じ様に裁く訳(わけ)には行かないのです、子供が天国で親が地獄という様にならない様にしてください、一家揃って天国身魂となってください、国皆揃って神国となる様につとめてください、メグリは一家分け合って、国中分け合って借金なしにしてください、天明代りに詫(わび)をしてください、役員も代りにお詫びをしてください、この神示を肚に入れておけば何んな事が出て来ても胴(どう)が座るから心配ないのです、あなない、元津神々、人の世ひらき和し、悉くの神人満つ、神代の道は満つ、一時は闇の道、ひらき極み、富士の代々、鳴り成るには弥栄えに変わり和すの道、道は弥栄え、ひふみ道出で睦び、月の神足り足りて成り、新しき大道満つ、神々満ちゑらぎ百千万のよきこと極む、いよいよとなり、何もかも百千とひらき、道栄え道極み進み、道極み真理の真理極む、元の光の神々ゑらぎ、更に進む世、和合まずなりて百(もも)の世極みなる、世に光る神々の大道、神々ことごとくゑらぎて大道いよいよ展き進みて、大真理世界の三つは一と和し、鳴り成りて始めて、誠の愛の代極み来る、弥栄の代の神、人、神人わけへだてなく光り輝き、道は更に極みの極みに進み動き、ありとあらゆることごとくの成り結び、更に新しく更に極むるの大道、神代歓喜の代代、すり鉢に入れてコネ廻しているのですから一人逃げ様としても逃げる事は出来ないのです、逃げようとするのは我れよしなのです、今の仕事を五人分も十人分も精出せと申してあるでしょう、急がないでください、その御用が終わったら次の御用にかからせるのですから、この世の悪も善も皆御用なのです、身魂相当の御用を致しているのです、仕事しながら神示を肚に入れて行けば仕事が段々変るのです、神示を声立てて読むことですと申してあることを忘れないでください、その上で人にこの道を伝えてやってください、無理しないでください、我を捨てて大き息吹きに融けるのです、神の息吹きに融け入るのです、「御みいづ」に融け入るのです、いよいよ神示が一二三(ひふみ)となるのです、一二三とは息吹きです、耳に知らせるのです、言わなければならないので一二三として、息吹きとして知らせるのです、神示を良く読めば分かることです、神示を読んでください、読むと神示が出るのです、この巻はキの巻と申してください、富士は晴れたり世界晴れ、岩戸あけたり世界晴れです