「まだ怒ってる?」

なんて答えていいのかわからなかった。ヒカルの優しさに消えかけた希望が蘇りそうになる。でも・・・また裏切られて傷つくのは嫌だ。

「俺だって楽しみにしてたんだぜ。今日のライブ。でも、俺の仕事のせいで当日になって行けなくなったらおまえに悪いと思ってさ、他のやつ誘えって言ったんだ。」
「そうだったの?」
「ああ。まさかおまえが俺と一緒に行きたがってるなんて思わなかったから。」
「それは・・・。」
「ごめんな。」
「ううん。私こそごめん。でも・・・やっぱりこんなひどい顔で会いたくなかった。」
「確かに目赤いし腫れてるし最悪だな。」
「・・・ひどい!そんなにはっきり言わなくても。」
「でも、不思議なんだよな。・・・いつものおまえよりずっと可愛く見える。」
「え?なんで?」
「だって、俺のために泣いてくれたんだろ?」
「・・・うん・・・。」

ヒカルが座ったまま私の頬を両手で包み込んだ。これって・・・これって・・・まさか?出口へと向かう観客たちの声を聞きながら、そっと目を閉じると、唇に暖かい感触が訪れた。ほんの一瞬だったけど、確かにヒカルの唇が私の唇に触れた。

「やべ。そろそろ行かないと。」

立ち上がったヒカルの横顔を見つめると頭を小突かれた。

「見んなよ、俺の顔。照れるだろ。・・・行くぞ。」

私の顔を見ずに手を引っ張って歩いていく。

自分の取ってしまった大胆な行動に俺は気が動転していた。あかり・・・怒ってないかな?いきなりキスなんていくらなんでも・・・。恐る恐る隣を見た。あかりは俺と目が会うと今日最高の笑顔を見せた。よかった・・・。怒ってない。

「ねえ、ヒカル。」
「なんだよ?」
「さっきのどういう意味?」
「どうって・・・そのまんまの意味だよ!」
「そのまんまって?」
「おまえのこと・・・可愛いって思って。キスしたいって思ったからした。・・・迷惑だった?」
「ううん・・・嬉しかった。」

つないだ手をぎゅっと握るとあかりも握り返してきた。

「これからもさ・・・ずっと俺の側にいてくれる?おまえのこと大切にするから。」
「・・・うん・・・私・・・私・・・。」
「お、おい。なんで泣くんだよ?」

道の真ん中だったけど、周りには帰りを急ぐ人がたくさんいたけど、抱きしめずにはいられなかった。不思議だ・・・。ずっと友達だと思ってたのに、あかりの気持ちを知ったとたん、可愛くてたまらなくなった。抱きしめると走り始めた気持ちがどんどん加速した。

気づくと、周りに人はいなくなっていた。

「ヒカル。今お腹鳴った・・・。」

あかりが顔を上げてにっこり笑った。身体をくっつけてたから思いっきり聞こえたらしい。

「ハハハ・・・。ムードぶち壊しだな。」
「うん。」

二人で顔を見合わせてまた笑った。

「なんか食って帰ろうか?なにがいい?」
「ラーメンでしょ?」
「そんなもんでいいのか?」
「うん。ヒカルのお腹がね、ラーメンが食べたいって言ってたから。」
「じゃあ、今日はもう遅いし、ラーメンでいいや。そのかわり、今度デートするときはイタリアンでも和食でもおまえの好きなもん奢らせろよ。」
「うん!」

今度デートするときはってヒカルが言ってくれた。嘘みたい・・・。もう私たちただの幼馴染の友達じゃないんだね。

「なににやけてんだよ?」
「へへ・・・。私、ヒカルの彼女になったんだなって思って。」
「おう。おまえは今日から俺の彼女。俺はおまえの彼氏。文句あるか?」
「ない。」
「よし。学校でも友達に彼氏が出来たってちゃんと言えよ。」
「???なんで?」
「おまえ学校で男に告白とかされたことある?」
「あるけど。」
「・・・やっぱりな。彼氏が出来たって知ったらそいつらもあきらめるだろ?」
「たぶん・・・。でもしつこい子もいるのよね・・・。」
「そうなのか?」

ヒカルが心配そうな顔で私を見つめる。

「じゃあ藤崎あかりの彼氏はめちゃくちゃかっこいいって噂流しとけよ。」
「めちゃくちゃかっこいい?ヒカルが?」
「あ。笑ったな?おまえ。」
「だって・・・。」
「あー。なんか心配になってきた。今まで全然気にならなかったのに、自分の彼女だと思ったら急に・・・。」
「大丈夫だよ。ヒカル。ヒカルは知らないだろうけど、私はどんなに素敵な男の子に告白されても全部断ってたんだよ。もちろん、これからだって。」
「そうなのか?」
「うん。今までもこれからもずっと、私はヒカルのことだけが好きだから。」
「あかり・・・。」

なんで今まで気づかなかったんだろう?あかりがそこまで俺のことを思っててくれたこと。

「ごめん・・・。俺、全然気づかなくて。随分ひどいことも言ってきた気がする・・・。」
「・・・いいよ、そんなこと。今日で全部帳消しだよ。」
「そんなの・・・足りないだろ?」
「そうだね・・・まだちょっと足りないかな。」

数秒間無言で見つめ合って・・・私はゆっくりと目を閉じた。合わさった唇は今度はなかなか離れなかった。心のこもった優しいキスだった。

「これで足りた?」

目を開けると、子供の頃からずっと変わらない大好きな彼の笑顔がそこにあった。