タイトルの筒井筒(つついづつ)というのは、伊勢物語に出てくる幼馴染のお話です。幼馴染の代名詞というぐらい有名なお話ですね。説明は文中に出てきますので省略します。






「ねえ、あかり。また断ったってほんと?」
「なんでそんなこと知ってるのよ?」
「男子が噂してるの聞いた。」
「そう。」
「なんか他人事みたいね。あかりってさあ、男の子に興味ないの?」
「そうね・・・この学校の男子には興味ないかも。」
「なんで?」
「あかりには筒井筒の君がいるもんね。」
「なにそれ?あ。今日の古文の時間に出てきたお話?」
「そうよ。あれ習ったとき、あかりの話だって思っちゃった。どんな男が言い寄ってこようとひたすら幼馴染の彼を思い続ける健気な女の子。」
「幼馴染の彼?そういえば、さやかってあかりと同じ小学校だったっけ?」
「うん。だから私よーく知ってるんだ。」
「さやか!」
「違うの?」
「・・・。」
「ほら。やっぱり否定できないでしょ?あのお話ロマンチックよね?まああかりの筒井筒の君はロマンチックとは程遠いやつだけど。」
「へえ、その人どこの高校行ってるの?」
「中卒で囲碁のプロやってるんだよね。」
「へえ。」

筒井筒 井筒にかけし まろが丈 過ぎにけらしな 妹見ざるまに
比べこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき

古文の授業で伊勢物語の中のこのお話を習ったとき、どきっとしたのは確かだ。子供の頃は毎日一緒に遊んでいたのに、大きくなって会わなくなった幼馴染の二人。親の勧める縁談をひたすら拒み続けて、幼馴染の彼を思う女の子。今の私に似ていなくもない。問題は男の子の方なのよね。物語と一緒ならこんなに嬉しいことはないんだけど。

そんなことを考えながら道を歩いていると後ろからポンっと肩をたたかれた。

「よっ。あかり。久しぶりじゃん。」

よりによってこんなときに会うなんて、驚いて心臓が止まりそうになった。返事ができないでいると彼が言った。

「どうしたんだよ?俺の顔忘れたのか?」

そう言って無邪気に私の顔をのぞきこむ。顔の位置がまた高くなったような気がする。

「まさか。久しぶりだね。ヒカル!」

家が近いから、自然に同じ方向へ歩き出す。

「ねえ、ひょっとしてまた背伸びた?」
「ああ。でもまだ塔矢に追いつかないんだよな。早く追い抜きたいのに。」
「え?碁の話?」
「いや、それもあるけど身長の話。」
「ふ~ん。」
「おまえ、今日これからなんか予定ある?」
「別にないけど。宿題やるぐらい。」
「じゃあ、久しぶりだし一局打たねえ?」
「いいの?」
「いいよ。俺もたまにはおまえと打ちたいし。」
「嬉しい!ありがと。」
「よし!じゃあ、うち来いよ。」

「おまえ、また少し強くなったな。」
「ほんと?」
「ああ。囲碁部に強い先輩でもいるのか?」
「うん。一人いる。よく打ってもらうんだ。」
「そいつって・・・男?」
「そうだけど。女子部員なんて3人しかいないし。」
「そうだ。指導碁。おまえが囲碁部に入ったら行ってやるって約束しただろ?あれいつがいい?」
「ヒカル。忙しいんじゃないの?」
「忙しいといえば忙しいけど、そのぐらいの時間作れるぜ。」

そう言ってヒカルはスケジュール帳を取り出した。

「来週は無理だけど、再来週だったら月と水が空いてる。」
「ほんとにいいの?」
「なんだよ。おまえが頼んだんだろ?」
「うん。じゃあ再来週の水曜日。みんなきっと喜ぶよ。」
「じゃあ、時間とかまた後で連絡してくれる?」
「うん。ありがと。ヒカル。」
「・・・。」
「どうかしたの?」
「いや。おまえなんか変わったよな。」
「そう?どこが?」
「そうだな・・・。えっと、また背が縮んだ。」
「だから、それはヒカルが伸びたんだってば!」
「だよな。そうだ。髪だ。髪が伸びた。」
「髪?」

私は筒井筒の話を思い出した。

「ねえ筒井筒って聞いたことある?」

ヒカルは高校に行ってないから知っているはずがないと思ってた。

「知ってるよ。幼馴染のことだろ?」

まさか。まさかヒカルが知ってるなんて!聞くんじゃなかった・・・。

「なんで知ってるの?」
「友達に昔の歌とか詳しいやつがいてさ。おまえと俺は筒井筒の仲なんだから大切にしなさいって言われたんだよな。その筒井筒がどうかしたのか?」
「なんでもない。」
「なんでもなかったら聞かないだろ?教えろよ!」
「・・・わかった。今日学校で習ったんだけど、幼馴染の二人が大人になって、男の子の方は背が伸びて、女の子の方は髪が伸びたってお話。」
「それだけ?」
「そう。今日久しぶりにヒカルに会ったら背が伸びてて、私は髪が伸びたって言われたから似てるなって思っただけ。」

ほんとにそれだけか?じゃあ、さっきのあかりの表情は一体なんなんだ?こいつ・・・絶対なんかまだ隠してるな・・・。

「ヒカル!あかりちゃんにもっと優しくしないといけませんよ。あかりちゃんとヒカルは筒井筒の仲なんですから。大切にしないと。」
「筒井さんとあかりになんの関係があるんだよ?」
「筒井さんじゃなくて筒井筒。幼馴染のことですよ。」
「なーんだ。幼馴染の友達のことか。」
「いえ。そうではなくて・・・。14にもなるのにヒカルはまだまだ子供ですね。私なんかあなたの年にはもう・・・。」
「子供で悪かったな。で、なんで大切なんだよ?」
「それは・・・。あなたがもう少し大人になったら教えてあげますよ。」

でも、それを教える前にあいつは消えてしまった。あのとき、あいつは一体なにを言いたかったんだろう?

「塔矢、筒井筒って聞いたことある?」
「ああ。伊勢物語だろう?高校の教科書に載っていたな。」
「おまえ、高校行ってねえじゃん。」
「ああ。でも教科書は買ってもらってるんだ。学校に通う時間はもったいないけど、棋士には一般教養も必要だからね。」

こいつ。学校の勉強もしてんのかよ。信じられねえ。

「それ、どんな話だった?」
「確か幼馴染の男女の恋物語だ。」
「恋物語・・・?」
「興味があるならうちに伊勢物語の本があったから貸してあげるよ。教科書は前半しか載ってないから。」

「それにしても君がこんなものに興味を持つとは意外だな。マンガしか読まないと思っていたが・・・。これを機会に君も・・・。」
「サンキュ。塔矢。じゃあ、またな。」

家に帰って俺は早速塔矢が貸してくれた本を開けた。

「げ。なんだこりゃ。」
ただでさえ国語は苦手なのに、昔の言葉で書かれているからわけがわからない。よく見ると下に現代語訳が書いてあった。

毎日のように井戸の周りで一緒に遊んでいた幼馴染の男女が、成長して会わなくなる。女の方は親の勧める縁談を断り続け、男の方も女を思い続ける。

あなたに会えない間に、井戸の囲いの高さしかなかった私の背丈も伸びました

あなたと長さを比べていた私の髪も肩より長くなりました。あなた以外の誰がこの髪を上げてくれると言うのでしょうか

佐為もあかりも肝心なところをすっ飛ばしていた。これは幼馴染の友達の話じゃなくて、幼馴染の男女が恋に落ちて結婚する話だ。読みながら俺は自分の頬が熱くなってくるのを感じた。あかりのやつ・・・一体どういうつもりなんだ?俺たちもこれと一緒だって言いたいのか?それとも、学校で習ったことをたまたま思い出しただけなのか・・・?


 ―その2につづく―