「いらっしゃい・・・え・・・?」
「・・・藤崎?」
「三谷くん・・・だよね?」
「おう。」
「うわ~。久しぶり。卒業して初めてじゃない?どうしてここに?」
「それはこっちのセリフ。」
「私?受付のバイトしてるの。5日間だけだけどね。いつも受付してるお姉さんが夏休み取ってるからその代役。」
「へえ。」
「三谷くんはここ初めて?」
「ああ。いつも行ってるとこが臨時休業しててさ。たまたま来ただけ。」

そのとき、ドアが開いて塔矢くんが入ってきた。

「あっ、塔矢くん。」
「塔矢アキラ?」
「君は確か・・・。」

塔矢くんは三谷くんの顔に見覚えはあるけど、はっきりは思い出せないみたいだった。

「塔矢くん。ほら。中学の囲碁部の大会で海王と葉瀬が対戦したとき、大将やってた子だよ。覚えてない?」
「あ・・・じゃあ、あのとき岸本先輩と?」
「ああ。塔矢アキラが来るなんてすげえ碁会所だな。」
「あの。三谷くん。ここ、塔矢くんのお父さんの経営なんだよ。」
「へえ。で、藤崎はなんでここに?」
「進藤の紹介だよ。」
「進藤か・・・。あいつも来るの?」
「ああ。普段は週2回ぐらいだけど、ここんとこ毎日だよね?」
「と、塔矢くん・・・。」

そんなこと言ったら三谷くんが誤解するじゃない。

「やっぱり付き合ってんの?おまえら。」
「そんなんじゃないって。もう。」

ほら、やっぱり誤解された。

「あ・・・。」

そのときドアが開いてヒカルが入ってきた。噂をすればってやつだ。

「三谷ぃ~?」
「よっ、進藤。」
「なんでおまえがここにいるんだよ?」
「たまたま。」
「いつも行ってる碁会所がお休みなんだって。」
「おまえ、碁続けてるのか?」
「ああ。うちの高校は囲碁部ねえからたまに碁会所行くぐらいだけど。」
「久しぶりに俺と打つか?」
「おまえと?やだね。」
「なんで?」
「プロやってるおまえに勝てるわけねえし。手抜かれてもムカつくし。石置くのも癪だしな。藤崎。俺とちょうどいいぐらいの人いる?」
「そうね・・・。」

三谷は常連の一人と打ち始めた。俺はいつもどおり、塔矢と打つ。あのとき・・・筒井さんと三谷と三人で海王と戦ったとき、三谷が大将で俺は三将だった。三谷には・・・悪いことしたよな。でも、結局囲碁部に戻ってきて、今でも囲碁を続けてるなんて、ほんとによかった。俺としては一度ぐらい打ちたかったけど、あいつだってプライドがあるんだろう。

対局が終わると三谷は受付のあかりのところに行った。小声でぼそぼそなにかしゃべっているが内容は聞き取れない。三谷の表情は後ろ向きだからわからないが、あかりの表情がくるくる変わるのが見える。困った顔をしたりにっこり笑ったり・・・。一体何を話してるんだろう?

「なあ、藤崎。おまえ、本当に進藤と付き合ってねえの?」
「またそれ?付き合ってないよ。」
「ふーん。じゃあ、俺と付き合わねえ?」
「三谷くん。彼女いるでしょう?」
「え?なんでわかるんだよ?」
「わかるよ。そのストラップ。彼女からのプレゼントだよね?」
「・・・まあな。でも、おまえが付き合ってくれるんなら別れてもいいぜ。」
「だめだよ。そんなの。彼女に悪いじゃない。それに私は・・・。」
「進藤のことが好きなんだろ?」
「それは・・・。」

「進藤!」
「え?」
「君の番だ。」
「あっごめん。」

塔矢がくすっと笑った。

「なんだよ?」
「気になるのか?」
「なにが?」
「あの二人。」
「別に・・・・。」

「いいこと教えてやろうか?」
「なに?」
「進藤がこっち見てる。」
「え?そうかな?」

ヒカルのいる奥の方に目を向けると、ヒカルとばっちり目が合ってしまった。ヒカルが慌てて目をそらす。

「な?見てただろ?」
「うん。そうみたい・・・。」
「おまえが他の男としゃべるの相当気になるみたいだぜ、あいつ。」
「まさか。」
「試してみようか?」

三谷くんが突然カウンターの中に入ってきた。私はびっくりして思わず後ずさりをする。

ガタッ。ヒカルがいる奥の方で大きな音がした。

「おい!三谷!」

ヒカルの声だ。

「ほら、予想通り来たぜ。」

三谷くんが小声で囁く。ヒカルが三谷くんの腕を引っ張ってカウンターの外に引き摺り出した。

「俺、なんか悪いことした?」
「え?・・・えっと・・・客が勝手にカウンターの中に入っちゃだめだろ?」

三谷くんがニヤッと笑った。

「ほんとは藤崎に近寄るなって言いたいんだろ?」
「俺は別に・・・。」
「進藤。もうちょっと素直になれよ。」
「・・・。」
「俺、帰る。藤崎、世話になったな。」

三谷くんはそう言って出て行った。

「あ、あのさ、あかり。」
「なに?」
「さっき三谷とどんな話してた?」
「俺と付き合わないかって言われた。」

ヒカルの顔色がさっと変わった。

「・・・で、おまえなんて?」
「もちろん断ったよ。だって三谷くん彼女いるんだよ。冗談に決まってるじゃない。」
「なんだ・・・。」

なんで俺はこんなに動揺してるんだろう?あかりが不思議そうな顔をしている。やばい。

「俺・・・対局の続きしてくる。」

席に戻ると塔矢にまた笑われた。

「僕も彼と同感だね。」
「なにが?」
「もうちょっと素直になれよ。進藤。」
「聞いてたのか?」
「ああ。聞こえた。」
「進藤くん。青春してるねえ。」
「ほんと。若いっていいねえ。」

客のおっさんたちにまでからかわれた。最悪だ。しかも塔矢との対局はぼろぼろ。この前は勝ったのに。

「ヒカル。どうしたの?」
「なにが?」
「なんだか元気ないみたい。」
「・・・。」

帰り道、あかりが心配そうな顔で俺を見上げる。昔は俺があかりを見上げてたのに、いつしか目線が同じになって、今はこんなに下になった。こいつ・・・いつの間にこんなに可愛くなった?同じ学校の男子とか碁会所のおっさんたちがちやほやするはずだ。いや・・・油断ができないのは三谷だ。ひょっとしたら塔矢だって・・・。

「ねえ、私にできることがあったらなんでも言って。」

背中に優しい手が触れる。

「な、なんでもねえって。行くぞ!」

 ―その5につづく―