ヒカルの碁二次小説13
everlasting snow その3

12月の東京の街はどこもかしこもうるさいほどの飾りつけとイルミネーション。でも、何かが足りない。雪だ。ちょうど一年前、「クリスマスイブ、どこか行きたいところある?」って聞かれて「雪が見たい。」って言った私。行き先がわからないまま電車に乗せられて、ついた街は絵に描いたようなホワイトクリスマス。「11月の終わりに一度泊まりの仕事で来たんだよ。ここってさあ、夏は避暑地で有名だけど、冬はあまり観光客が来ないだろ?それで何年か前からホワイトクリスマスっていうイベントをやってるんだって。イルミネーションコンテストとかもあるんだぜ。」新幹線を使えば、東京から1時間半ぐらい。冬は日が暮れるのが早いから、イルミネーションを楽しんでから帰ることだってできる。

去年と同じだ・・・。
イベントのせいか、街全体にクリスマスの華やかさがあふれている。こんなところに一人で来るなんてばかげてるよね・・・。見渡せばどこもかしこも幸せそうなカップルばかり。まるで一年前の私たちだ。こうなることはわかっていたけど、胸に痛みが走る。

観光コースからはずれた小さな教会。去年と同じ真っ白なクリスマスツリーを見上げる。違うのは隣に彼がいないこと。空に向かって手を伸ばすと、白い雪のつぶがひとつひとつ手のひらに落ち、光っては消えてゆく。「冷たい・・・。」目を閉じるとあのときつないだ手のぬくもり、彼の笑顔がよみがえる。涙は出ない。「ごめんね。」って言えなかった。勇気がなかった。自分が許せなかったから。一方的に誤解して彼を苦しめた私。彼の力になりたい、応援したいっていつも思っていたのに反対のことをしてしまった。もう、彼の隣にいる資格はないのかもしれない。でも、諦めたくない。会いに来て欲しい。ここに来ることは誰にも言ってない。家族にも友達にも。でも、一年前の約束を彼が覚えていてくれたら・・・。

帰りの新幹線で曇った窓ガラスに指で書いた。
『ヒカル、大好き♡ 』
『オレも』
『来年もきたいな』
『そうしよう』
言葉といっしょでそっけない彼の文字。でもあのときは本当に幸せだった。

覚えてるわけないよね?あんな約束・・・。

「進藤!何しに来た?」
「何しに来たって?おまえと打ちに来たに決まってるじゃん。」
「今日の日付をわかっているのか、君は?」
「12月24日だろ?わかってるよ。おまえ、けんか売ってるのか?」
俺があかりとずっと会ってないこと知ってるくせに。
「会いに行かなくていいのか?」
「会ってくれないんだから仕方がないだろ。携帯かけても全然でねえし。」
「昨日、藤崎さんに会ってきたよ。」
「え?なんでおまえが?」
「最近の君の碁はめちゃくちゃだ。原因ははっきりしている。せっかく昇段してこれから対局する機会が増えるのに、今の君では倒しがいがない。」
「悪かったな!・・・。で、あかりに何を言ったんだよ?」
「誤解は解いておいたよ。やはりあの雑誌が原因だったようだ。」
「・・・・。」
「しかも、君があの女性といっしょに喫茶店から出てくるところを偶然見てしまったらしい。」
「あれは、あかりのことを相談してただけなのに!」
「しかし、彼女の立場なら誤解するなというほうが無理だろう。軽率だったな、君は。」
「・・・。」
「進藤くん・・・。」
「市河さん。」
「会えないといろいろ不安になるものなのよ。つまらない誤解がどんどん大きくなって。進藤くん、最近いそがしくて全然会えてなかったでしょ?」
「うん・・・。」
「行けよ。進藤。碁なんか打ってる場合じゃないだろう、今日は。それとも僕は余計なことをしたんだろうか。」
「いや・・・。そんなことないよ。ありがとう、塔矢。市河さん。俺、行くよ!」

ピンポーン。
「はーい。あら、ヒカルくん。」
「あの、あかりいますか?」
「あかりなら1時間ほど前に出かけたわよ。いっしょじゃなかったの?約束があるって言ってたからてっきりあなたといっしょだと・・・。」
「約束・・・?」
「ええ。」
「どこへ行くとか言ってませんでしたか?」
「行き先は言ってなかったけど・・・。めずらしくダウンジャケットなんか着てたのよね。こんなに暖かいのに。スケートにでも行くのかと思ったわ。」
「あ・・・!」
「ヒカルくん?」
「おばさん、ありがとう!」
あそこだ!アイツは絶対あそこにいる!待ってろ!絶対つかまえてやるから!

「お嬢さん、おひとりですか?」
「はい・・・。」
「恋人とけんかでもしましたか?」
「・・・。」
「去年もここにいましたね。」
「え?」
「覚えていますよ。こんなところまで来る人はめずらしいですから。他に華やかなところがたくさんありますからね。」
「去年は道を間違えてたまたま来てしまったんです。でも、この場所が気に入って・・・来年もいっしょに来ようねって約束したんです、彼と。でも、私・・・。彼にひどいことしちゃって・・・。それでずっと会ってなくて・・・。でも、諦められなくて・・・。こんな遠くまで一人できちゃった・・・。ばかですよね。」
「よかったら中に入りませんか。温かい紅茶をご馳走しますよ。」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。」

「おいしい・・・。それにすごく温かい。」
「あなた、一時間ぐらいクリスマスツリーの前に立っていたでしょう。体が冷え切っていたはずですよ。」
「そうですね。」
「よかったら、少し話をしていきませんか?私は話を聞くのが仕事ですから。誰かに話すだけですっきりするってこともありますよ。」
「はい・・・。」優しい目をした初老の牧師さん。この人なら何もかもわかってくれそうだ。私は話し始めた・・・。

ーその4につづくー