南の書き散らし

南の書き散らし

今までなんとなく生きていましたが、
なんとなくのまま大人になってしまった人です。

自己肯定感が低いけど、普通の感じを装って生きています。
人生の中の気づき・不安・もやもや等を綴りたいと思います。
悩んだりしている誰かの参考になれたらいいな。

Amebaでブログを始めよう!

こんにちは、南です。

 

今回は恋愛での「相手を信じるということ」についてです。

いろいろなことに対して、基本は回避する人生を送ってきましたが

恋愛についてはある程度の経験をしてこれました。

 

ですが、「ですが」です…。

今までお付き合いした男性はなんともまぁ、正直良い相手とは言えない方ばかりでした。

一回でも好きになった人達なので悪くは言いたくないですが、

私の記憶ではあまり美化もされていないので本当に良くなかったのでしょう。

歴代彼氏については、私の周囲の人にも「あまり合ってないのでは」と思われていたのでした。

その方達で学んだことについても、追々のブログのどこかで紹介しますね。

 

 

さて「相手を信じるということ」の話です。

私は昔からずっと、相手を信じるとは「何でも受け入れて、相手を疑わない事」だと思っていました。

それは違うと気づいた流れと、ちょっとした過去の恋愛を紹介します。

 

 

私が小学生の頃にお付き合い(?)をしていた男の子がいました。

その子は小学生低学年の頃に転校をしてしまい、

主にメールでしか連絡を取れなくなってしまいました。

まだ小学生だったこともあり、会うことはできません。

その後、6年間ほどはなんとなく曖昧な彼氏彼女の関係でしたが、

連絡することも無くなり自然消滅しました。

 

その男の子と遠距離恋愛をしていた小学生高学年の頃、

いつも通り、遠距離特有の状況報告のメールのやり取りをしていました。

 

 

が、突然「僕、実は幽霊が見えるんだ」という謎の申告メール………。

 

 

当時はピュアピュアな小学生だった私、

「好きな彼のことは全て信じて受け止めてあげたい…」という寛大な女、南さん。

 

そんなこんなで何も疑わずに「へぇ。そうなんだ!」と返信をする。

今考えれば、どしたんwなんか影響されたんかwと突っ込みたくなる。

昔から非科学的なこと、特にスピリチュアル系統などが好きだったのもあり、

全然疑うことなくスンナリと受け入れて信じてしまったのでした。

そこから相手は、今隣に女の子が居るんだ。こんな事言ってる。

などの茶番(本当のところは分からない)に長々と付き合わされました。

本当だったら夢があるなぁと今は思います。

 

 

 

相手を信じるとは「何でも受け入れて、相手を疑わない事」だと思っていました。

・それで不快な気持ちになる人は少ないから

・その人の絶対の味方になることだから

という理由です。

 

でも今更ながらに「信じる」を調べると、「自分の信念に基づいて相手のことや物事を≪心から納得して理解すること≫」と記載してあります。

 

いや~、何にも合ってないですね。

最近まで信じる事を「何でも受け入れて、相手を疑わない事」と思っていましたからね。

 

 

 

現在お付き合いしている年下の男性がいるのですが、

その方に大人になって今更ながら「信じること」について言い正されたことで気づきました。

 

「君は信じてくれる絶対の味方が欲しいって言うけど、そんなの味方じゃないからね。

 何でも受け入れて相手を疑わない人って、言い換えれば

 南ちゃんの言いなりで良いようになる人で、何でも肯定する無責任な人だよね。」

 

た、たしかに…ぐうの音も出ないにょ…。

自己肯定感が低い私を全肯定して、批判や非難をしない、何をやっても無条件で全て受け入れてくれる都合の良い人を求めていたんだなととても反省しました。

例え間違ったことをしても、うんうん、南ちゃんは悪くないよ。しょうがなかったね。

なんて包み込んでくれる人が欲しかっただけなんだ、私って。

極論を言うと、人を殺したとしてもそんな感じで接してほしかった。今まではね!

でもそんなことを今の彼氏さんに、そういう人が良いとドストレートに伝えた自分、割と恥ずかしいものです。

20歳をゆうに超えた大人が、彼氏はアタシにとって都合の良い人が良いんですけど~!?と真剣に伝えている事実がしんどい。

しかも年下の相手に…。

相手に全肯定されないと自己存在を認められない自分勝手な女なんだ…。

更に自分への自身が無くなっていく…自分の中での一大事件でした。

でも、ここで気付かせてもらって良かった。

このまま幼稚で適当な考えのまま、厄介老人になるところだったかしれないのだ。

 

 

 

 

小さい頃から、信じることについて「全肯定で何でも受け入れる」という間違った認識をしていたので、

未だに「自分の信念がない」「心から納得してないけどとりあえず受け入れる」なんてことを普通にします。

普通の人からするとハ!?彼氏だからってそんなことさらっと信じるなよ!みたいなことを信じます。

でも今は「一度飲み込んで、自分の物差しで相手のことや事象をなるべく理解して受け入れる努力をする」にアップデートされました。

まぁ頭では分かっているんですが、幼い頃からの考え方ってなかなか変わるものではないんですよね。

ただ無責任な信じる行為はダメだな。というくらいで最近は生きています。

人間、難しいです。

 

 

 

 

多分ここまでごちゃごちゃと考える人の方が稀だよ、との友人や彼氏さんの助言をいただきましたので

これ以上は考えないようにしています。

 

人によって考え方や、私のように意味の捉え方が全然違うと思います。

人類共通の行為なのに、なんとなく頭に思い描けても、概念的な要素が強いと全然違いますね。

このように話し合いで認識の摺合せができるのが人間の良い所だなぁといつも思います。

と、本当に思い込みの強い私が偉そうに言える事ではないし

お得意の脱線が始まりますので、このあたりで締めておこうと思います。

 

 

 

以上、南の「相手を信じるということ」でした。

こんにちは。南と申します。
人間として生まれて今までなんとなく生きていましたが、
なんとなくのまま大人になってしまった人です。

自己肯定感が低いけど、一生懸命普通の感じを装って生きています。
頑張っているつもりなので、あんまりイジってほしくないですが
そんななんとなく生きてしまった人の
人生の中の気づき・不安・もやもや等を綴りたいと思います。
悩んだりしている誰かの参考になれたらいいな。

 

 

 

――――――――――――――

 

ということで、自己紹介を丸々コピペしました。

南と申します。

今後、改名するかもしれませんという余地を残しておきます。

 

 

 

さて、前に書いてありますが私という人間は簡単に説明すると、

 

「今までなんとなく生きていましたが、
なんとなくのまま大人になってしまった人です。」

 

 

あまりピンとこないかもしれないので、箇条書きで少し特徴を挙げていきたいと思います。

 

 

・今時点で若者世代ではある

・正社員⇒フリーター(今)

・自己肯定感が低い

・自信がない

・役立つ特技がない

・未だに世間知らず

・勉強できない

・家事もできない

・声が小さい

・人間関係を維持するのが苦手

・正直な気持ちを伝えるのが苦手

・失敗するのが怖くて回避しがち

・中高大で病んでいたメンヘラ

・今までは人生他人任せでどうでも良かった

・30歳までには死ぬと思っていた

 

 

こんな感じですね。

そんなどうしようもない自分だけど、日々の書き散らしをどこかに残して

もしかしたらこの世のどこかにこの情報を必要としているであろう人がいたなら

役に立てるのかなという気持ち、モチベーションでブログをやっていきたい気持ちです。

 

もうそんなこと知ってるよ、とかそんなことも知らないんだwみたいな感想を抱くかもしれませんが

気づいた時差はあれど、この私にとっては学びとなったことの備忘録ブログなので…。

これから、よろしくお願いします。