何事も そうじゃなあと 頷いて

   もがう事なく その場を凌ぎ

 

 職場では そうですねえと 返事して

   少しの事で 波風立てず

 

 以前のブログに,そうじゃなさんと題して投稿した時があり,

 

 上司に『そうじゃなさん』(あだ名)が居る部課の職員・社員は,『そうじゃなさん』をうっとうしく感じる時もあるらしく,

 

 そういう上司は,「私の意見に従え,でないと不利益を与えるぞ」とばかりに圧力的に指示・命令するが,ごもっともな内容なら業務に生かすところ,思いついた事を口頭にて次から次へと指示されたのでは,受ける側は気持ちが落ち込む時さえあるのです。

 

 職人さんとか,研究者なら頑固一徹が取り柄で,高圧的な人でも一定の成果を残す人も多かろうが,公務所であったり一般企業にしても,上司が威張っているようでは組織が凝り固まるばかりであり,時代に取り残されてゆくのは目に見えている。

 

 因みに,当時はパワハラという定義はなかったが,現在に当てはめてみると,パワハラに当たる言葉もあったと思い出していたのです。

 

 何となく書いてしまったが,小生も「そうじゃなさん」にならないよう気をつけたいものである。

 

 こんな一文が残っていたのを思い出して,今日の二首としてみました。

 

 ところで,一昨日に投開票のあった都知事選では,二位じゃダメなんでしょうかとの発言で有名になった候補者が,予想とおり三位になったが,

 

 その理由を,応援した政党や本人は理解しておらず,それこそ「天狗になると,足元をすくわれる」との言葉とおりであったと,想像していたのです。

 

 さてさて,選挙の演説では,同じ言葉を使っても,本人が舞い上がるのではなく,一般聴衆をも舞い上がらせてこそ,説得力のある演説となり,

 

 候補者自身が感情的になりすぎることは効果的でなく,聴衆の感情を引き出して,共感を呼び起こすことが重要であるとも思われたのです。