熱中症 何はともあれ 水を飲み
   日陰へ移動 身体を休め

 ノンビール 一気に飲んだ 夏の午後
   五臓六腑に 染み入り候

 ギラギラと輝く,太陽光が眩しい,一日でした。

 午前中は,移植直後の薩摩芋の茎に寒冷紗を施し,午後からは,水田に水を引いたり,野菜への潅水で一日を過ごしておりました。

 寒冷紗は,使い古した物を畑の片隅に置いており,それを使用したので,そのままでは,汚れや虫が付いたり草が生えていたので,小川の水で洗い流して使用したのですが,余りにもの暑さにダウンし,日陰へ移動して水を飲み,

 午後からの作業でも,同じに暑さ厳しく,倉庫内(畑)の冷蔵庫に冷やしていた,ノンアルコールのビールを飲んだのですが,本日は梅雨明けとのニュースを夕方になって聞き,何となく二首を認めてみました。

 畑の倉庫については,思い入れがあり,以前に投稿した一文が,パソコンの片隅に残っているので,投稿してみたい。

2013/6/3
   倉庫
 今日も一日が無事に終了した。
 午前中に,農業用水路から水田へ水を引くための堰板を修理し,午後からは,6月7日に予定している田植に備え代掻きを行なっていた。
 水田にて代掻きをしていると,様々な思考が浮かんでは消えていたが,
 啄木の ふるさとの山に向ひて 言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな
 この短歌を思い浮かべた時には,しみじみとした味わいと含蓄が感じられ,
 小生なぞ,その足元にも及ばないが,自分なりに書き残しておいた『倉庫』の一文を思い出しておりました。

 『倉庫には男の夢とロマンがある。
 そんな風に夢を思い描きながら,職場で働いていた頃の初夏の日に,かすみ草が乱れ咲く畑の片隅へ10坪あまりの倉庫を建てた。
 あれから早くも8年目の初夏を迎えた。
 社会人として仕事をしていた頃には,隠れ家でもある倉庫へ友達を呼び,真夏なら倉庫の軒先でビールを飲みながら焼き肉を食べ,寒い季節には倉庫の2階へ上がり炬燵の中で足を伸ばし,手作りの料理を肴に日本酒を酌み交わしつつ,やがて訪れるであろう定年後の生活について,生き方や夢を語り合っていた。
 しかしながら,小生は5年前の夏に自己都合で退職し,それからというもの友達とは互いに連絡を取り合うことなく,年月は瞬く間に過ぎ去ってしまった。
 人生においては,それぞれに職場や社会で知り合った仲間でさえ,過ぎ去れば大都会の駅で偶然にすれ違った人々であったかのように,互いに歩む路は別々となり,その生き方も様々となる。
 倉庫での夢とロマンは,現在においても,自分一人だけで自由に使える場所が確保できたことと,ゆっくりと思考できる空間があることの満足感である。
 その倉庫を中心に,昼間の4~5時間ではあるが,ブログを書いたり,田畑の手入れをしながら日々を過ごしている。
 小生が細やかに生きてゆけるのも,倉庫のお陰かも知れない。
 ところで,倉庫から遠くに見える石鎚山系や皿ヶ嶺周辺の山々の風景は昔と何ら変わらず,自身のみが年齢を重ねてきたようでもある。
 また,畑の側を流れる小川では今でも清水が流れ,小魚やアメンボのような水生昆虫の姿が時おり見られ,子供の頃に見た光景と何となく重なり感動さえする時もあるのです。
 それでも季節は知らぬ間に移り変わり,少年時代に,早く大人になりたいと夢を見ていた頃のような毎日が過ぎ去ってゆきます。
 さて,今日も倉庫へ行き,細々ではあるが昨日の仕事の続きをする予定である。
 今のところ他に遊ぶ場所がないので。』

 



 こんな一文が残されておりましたが,この『倉庫』こそが我が人生のよりどころになっているのも事実であり,今後においても,心騒ぐことなく淡々と日々を生きてゆきたいものであると,再確認できた夕ベでもあるのです。
 今夜は,びんちょうマグロの刺身に,ジャガイモと竹の子とぶんどう豆の入った田舎煮が食卓テーブルの上に置かれ,慎ましやかな夕食になっているが,昔ながらのメニューに微かながらも幸せを感じている。

 こんな文章でした。