2016/9/23

今年の稲作

台風が過ぎ去りて,流れる雲とひんやりとした風に,本格的な秋を感じられた一日でした。

 午前中は家の中でのんびり過ごし,午後からは嫁が運転免許証を更新するので運転免許センターまで連れてってと言うので,運転手として同センターまでへ出掛けていた。

 ブログの更新をせねばと思いつつ,気が付いた事はメモをしているのですが,ブログのネタになりそうなメディアからの情報も少なく,そうこうしている内に前回の更新から3週間が過ぎておりました。

 ところで,本年も稲作を終えホットしているのですが,小生にとって秋の収穫は一大イベントであり,大きなエネルギーを使う期間でもあります。

 どんなエネルギーかと言えば,実際には12アールの水田の稲刈りをコンバインを使って4時間くらいかけて終わらせるだけの作業なのですが,30年前から使っているコンバインが壊れんやろかと思いながらの作業であり,コンバインをスムーズに働かせるためのメインテナンスは年に数日とはいえ欠かすことなく実施しており,本年度においては脱穀機内の藁切り刃を取り外してサンダーで研いだり,エンジンオイルの交換を行い,稲刈りに備えたのです。

 今年の稲作は,6月10日に田植え,9月17日に稲刈り,9月21日に籾摺り(依頼していた乾燥機がフル稼働のため)を行い,収量として12アールの耕作地から690㎏(30㎏×23袋)が収穫できて我が家にとっては豊作となりました。

 稲作については,寒の季節に水田予定地を耕して土中の虫を退治し,

春になり再度の耕耘を行い,

5月に入り田植えの準備として水田の高低を修正しておき,

田植えの10日くらい前に3度目の耕耘や,水口板の整備を済ませ,4日前には元肥を施して代掻きを行い田植えの日を迎えます。

 田植えの当日は,田植え機での作業が終わった後に,水田周囲に手植えにて苗を植え(以前は植えなかった)増量を図り(玄米で実質20㎏増量),

後は,水の管理をしながら,稲穂の出る前の7月下旬に追肥を撒いて収穫の季節を待つことになります。

 ちなみに,水田への薬剤散布は,田植え後のマサカリジャンボ除草剤を使用するくらいで,収穫前の殺虫剤の散布は行っていない。

 なんやかんやで今年の米づくりも無事に終わったが,紙面には書けない反省点もあり,今後の稲作に生かしてゆきたいと思っているところでもあります。

 

2016/12/17

家系図を作成

 今日も淡々とした一日でした。

 午前中は,畑にて白菜・ホウレン草・キャベツ等に追肥を施し,午後からは,久しぶりに畑の倉庫二階でのんびりした時間を過ごしていた。

 そろそろ大掃除の時期なのですが,今年は普段から小まめに掃除をしていたので,その分は身体を休めておるところでもあります。

 倉庫の二階では物思いにふけり,小窓から見える風景を眺めては,

山々では初夏の新緑と晩秋の紅葉だけでなく,初冬には三坂峠から皿ヶ嶺の山頂付近にかけての薄っすらと雪化粧した景色は見応えがあり,幾度となく降り積もっては消えてしまいながら,やがて春を迎える様子を繰り返し眺めてきたと思いを巡らせていたが,

 今年も残すところ僅かなので,焦らずに一歩ずつ着実に歩んでゆきたいと念じたところでもあります。

 それにしても,一年が過ぎるのが早すぎて,あと数年も経てば敬老会の一員になるのかと思えば,人生は長いようで短いものであると感じているのです。

 ところで,11月中旬頃から,何に目覚めたのか家系のことが気にかかり,家に現存する記録を少しずつですが整理しております。

 家系については,今から40年も前にテレビドラマでルーツという番組を放送していたが,当時はルーツが流行語となり,自身のルーツに興味を持った人も多かったと思われ,小生においても関心があったのです。

その頃には『○○家の一族』という45,000円もする本が出版されていたところ,値段が高いので買わなかったが,家系についての興味は持ち続けておりました。

内容はさておき,書き残せる人において記録しておくことは大切であり,我が家においてもB4用紙で家系図2枚と関連する記録10枚があり,インターネットからの情報も含めて保管しておきたく,家系図を作成のために作業を進めてゆきたいと思っているのです。

 

2017/1/15

薪割りと桜の若木を移植

西方向から吹いてくる寒風が骨身に凍みた一日でした。

午前中に自宅の庭で薪割りを行い,午後からはホームセンターで購入した吉野しだれ桜を,同庭の片隅に移植していた。

薪割りは,庭木であった山桃の木が昨年の秋に枯れてしまい,ノコで根元から切って庭の隅っこに放置していたところ,いつまでも放ったらかしに出来ないので,桜の移植に合せて枯れ木を処分していたのです。

50年くらい前に,五右衛門風呂を沸かすために薪割りをして以来のことであり,最初はスムーズに作業が運ばなかったものの,コツを覚えると順調に進み,30分くらいで薪風呂に使うなら3回分くらいの薪を確保することが出来ました。

この薪割りについては,テレビで芸能人がお手本を示している映像を見たことがあるのですが,我が家の枯れ木は曲がったり腐ったりした大小の木であり,薪割り剣法よろしくスパッと割れず,ほとんどの木は寝かせた状態で割ってゆきました。

作業中には,3年前の夏であったか,山桃の木へ登り剪定していた際に,枝が折れて背中から落下し下の枝に引っかかったことや,部屋の増築時に出た木切れを近所の人に差し上げたことを思い出していたが,それはさておき午前中に作った薪は来週の餅つき時に使用する予定となっております。

午後から移植した桜の木は,1.2メートルくらいの小さい木であり,今のところ山桃の木の代わりにはならないのですが,10年も経てばある程度の木に成長するので,それまで生きておりたいと思ったところでもありました。

ここまで書いたところで,嫁が夕食後の後片付けをすると言うので,昨晩はしてもろたけん今晩はワシがしようわいと,約20分間でしたが台所に立っておりました。

今夜は,芋炊き・蓮根のキンピラ・焼き餃子・ポテトサラダ・カリフラワーが食卓に並び,つつましい夕食ではありましたが,美味しくいただくことが出来ました。

寒い一日だったので,早めに休みたいと思っておるところでもあります。

 

2017/1/19

高枝鋏の部品探し

寒の中休みなのか,霞のかかった大空から暖かな日差しが地上を照らしており,僅かに吹いている微風が心地よいとさえ感じられた日中でした。

特段の用はなく,午前中は炬燵とテレビの番で,のんびりした時間を過ごし,

午後からは畑へ出掛け,倉庫内の片付けや,果樹も植えている畑で高枝鋏の部品探しを行なっていた。

高枝鋏の部品は,昨年11月上旬に畑で渋柿の収穫を終えた際に,意味無く鋏みを閉じたり開いたりしていたら,ナットが緩みボルトが落下していたのですが,落下地点が不明であり,秋の頃には雑草が生茂っており探し出せなかったのを記憶しております。

そんな事で,応急処置として普通のボルト・ナットを鋏みの支点部分に組込み使用していたところ,支点が緩くて枝を切った後に確実に枝の切れ端を掴めず,なお細い枝には不向きであり,何とかならないものかと現在までに5回(1回10分)も探していたのですが,今日は枯れた草の中から磁石を利用して運よくボルトを探し出すことが出来ました。

2月に入ると,各種果樹の剪定を予定しており,早速にボルトの錆を落とし高枝鋏に組み込んで,最大限に活用したいと思っているのです。

さて,昨日・今日と寒の頃にしては穏やかな日中となっておりましたが,明日から大寒であり,当分の間は極寒の日もあると思われるので,身体を労わりつつ毎日を過ごしたいと考えているところでもあります。

今日も一日が無事に終了し,晩酌にと純米原酒 蔵を飲みながらのブログになった。

 ほろ酔い加減となった。

 

2018/4/4

今日はあんパンの日

 今日は,あんパンの日であることを,ブログの見出しで知った。

 あんパンと聞けば,こしあん・つぶあんを想像するが,自分が好きなのはつぶあんである。

 製パンメーカーに拘らず,100円ショップで見かければ5個入り1袋を購入し,あるいはスーパーの特売(パン全品半額)日に,3袋くらいを購入し,間食として頂いている。

 最近では,アンパンを油で揚げて,砂糖をまぶした商品も販売されており,特売日が楽しみになっています。

 大好きなアンパンであるところ,ここでも節約した生活の一端を曝け出してしまったが,1個入りのアンパンなら,食後に嫁と半分こして食べており,貧乏人にとっては至福の時間でもあるのです。

 ところで,アンパンを最初に食べたのは60年くらい前だったと,記憶しております。

 あの頃は,母親が内職(家の中で伊予絣の機織)をしており,一日に80円を稼いでいたのですが,苦しい家計の中から1個13円のアンパンを買ってくれたのには感謝するばかりでした。

 さて,次にアンパンを買った日には,両親の位牌を置いてある仏壇にアンパンを供え,当時を偲んでみたいと思っているのです。