2016/1/8
年賀状のお礼
今日も淡々とした一日でした。
午前中に年賀状を頂いた友人へ手紙を書き,午後からは温泉ていれぎの湯に浸かり,のんびりとした時間を楽しんでいた。
昨年の12月3日にブログを更新して以来,炊事場の流し台をシステムキッチンに変更するなど何かと忙しい年末となり,まあいいかと思いつつ日々を過ごしていたらブログを書くことから遠ざかってしまい,気が付けば1ヶ月が経過しておりました。
友人への手紙は,気ままに書いた一筆であり,そのまま転記してみたい。
拝啓
厳冬の候,お元気でお過ごしのことと,お喜び申し上げます。
当方も,細々とした日々ではありますが,何とか元気に過ごせております。
元旦には,年賀状をいただき有難うございました。
仕事を辞めてからというもの,皆様に年賀のお礼を差し上げることもなく,頂くだけの年賀状は前田さんだけになってしまいました。
ところで,平成20年6月30日に自己都合で退職してから,早いもので7年半が過ぎてしまいました。
退職した当時は,何もかもが新しい日々となり,しばらくの間は何かに付け戸惑うこともありましたが,それも除々に慣れてゆき,第二の職業に就くことなく現在まで過ごすことが出来ております。
また,退職後の3年を過ぎた頃から,なんぞ趣味でも持たねばと考えた挙句に,日々の出来事を綴ってみようと始めたブログが現在まで続いており,このブログから自分の気に入った文章を選び出して,昨年の6月30日に「百姓の四季」(冊子)として自費出版し知人に配ったので,前田さんにも郵送いたします。
内容は,日々の感想を自由気ままに述べたものであり,読み返してみると現在でも加筆訂正すべき箇所は多々ありますが,一つの記録になりました。
さて,思い出せば東京で2年間の研修を受けていた頃が懐かしくて,同期の皆様と楽しく日々を過ごせられたことは有難くもあり,研修生活で得た人間関係の保ち方が以後の人生にとってプラスになりました。
また,私が北海道を旅行中に前田さんの実家へ行った記憶があり,前田さんが松山へ来られた折には我が家へお寄り頂き,それらが昨日のことのように思い出され懐かしくもあるのです。
気ままに書いてしまいましたが,ここ数年のことについては「百姓の四季」でこもごもと表現しておりますので,お暇な時に見てやって下さいませ。 敬具
さてさて,こんな一文が残っていたので,久々にパソコンのキーボードを叩いてみたが,またブログを書けるようであれば臆することなく綴ってみたいと思っております。
温泉てれぎの湯の金泉(源泉どろ湯)に浸かってリラックスが出来た一日でもあり,今宵のビールはことさらに美味しい。
2016/2/16
居間と炊事場のリフォーム
今日も一日が無事に終了した。
午前中に,食料品の買い物がてら年金を引き出して,午後からは,久しぶりに重信川の堤防へドライブに出掛けていた。
堤防沿いの河川敷では,梅の花が8部咲きになっており,枯れ草の中からつくしが頭を覗かせそうで,春はすぐそこまで来ているように感じられました。
ところで,居間と炊事場のリフォームが完了した後に,その経過を記録しておこうと思っていたので,記憶をたどりつつ書いてみたい。
リフォームのきっかけは,昨年12月下旬に40年ほど使っていた流し台をシステムキッチンに替えた際,炊事場と居間もリフォームしたいとの気持ちが高まり,大工さんに工事を依頼したのですが,製材業者の事故により材料が入手できなくなり中断していたところ,
既に張ってある板の上に,板を張る作業なら小生にも出来なくないだろうとの発想から作業を始めることになりました。
1月16日にホームセンターで材料を購入し,作業の開始は1月19日であり,終了したのが2月7日でした。
経過として,
1月19日~22日に居間と炊事場の床板張り(桧板10.5cm×1.5cm×4mを48枚)
1月23日~27日・1月30日~2月2日に居間と炊事場の壁板張り(杉板16.5cm×1cm×3mを91枚)
2月5日~2月7日に玄関先の床板張り(桧板10.5cm×1.5cm×4mを13枚)にて作業が終了したのです。
こんな状況でしたが,作業を始めるに当たり,床板を張る釘の間隔(33cm)とフローリング釘を使用することを大工さんに教えてもらっただけで,後は自分なりに工夫しながら作業を続け,一日の作業時間は午前8時30分から午後5時までとし,休憩・休息時間なしで昼飯を食べた直後から作業を開始する毎日でもありました。
また,居間と台所の床板を張り終えるまでは,体調よろしく仕事が順調に進んだのですが,壁板を張り始めて5日目には疲れが出て,2日間の休みを取り,
他にも,壁板張りを終えた後に2日間休んだのですが,事故なく病気なく2月7日に玄関先の床板張りが完了したことは有りがたく,その安堵感は何とも言いがたいものがありました。
2016/2/23
リフォームを終えて
小雨が降ったり止んだりの一日でした。
特段の用事がなかったので,午前中はパソコンで彫刻欄間を検索し,午後からは温泉利楽へ出かけていた。
ところで,前回のブログに居間と炊事場をリフォームした件について経過を簡単に書いておりましたが,内容を補足してみたい。
今回のリフォームに当たっては,木材を直角に切断するための工具を作成すると共に,不要となった木材を使い,電動ノコギリで切る練習を行うことから始めたのです。
また,別の日(1月16日)には,材料として床と壁の面積に応じた桧板・杉板とノコギリ1本・フロアー釘38mm150本入り×8・ステンレススクリュー釘25mm300本入り×4・木工用水生ボンド3kg×2・釘を深く入れるためのポンチ1本を購入し,工事前の準備を済ませました。
続いて,1月18日の午後から居間の片付けを始め,食器棚の食器を段ボール箱に入れると共に本箱に格納してある本類は束にして別の部屋に移動させ,テレビとホーム炬燵を居間内の別の所へ移動し,翌19日の午前中から作業を開始した。
最初に行なったのは,7.4mの長さの場所へ床板を張るので板を配置する場所を決め,
次に凹凸のある製品をつなぎ合せて床板を張るために,1本目だけ凸の出っ張った箇所をカンナで削り,その板の底にボンドを塗りフロアーの上に置いて33cmの間隔でフロアー釘を打ってゆきました。
引き続き同じ作業を続け,食器棚・テーブル等を移動しながら,居間と炊事場の床板張りを終了することが出来たのです。
今回のリフォームでは,居住中の部屋の板の上に板を張るだけの作業だったので,素人である小生でも完成させることが出来ました。
さて,短期間で工事を終わらせ,素人なりに完成させた部屋を大工さんに見てもらおうと思いながら日々が過ぎてしまったのですが,先日の両親の法事の際にリフォームした部屋の出来具合について建築士である弟に聞いてみたら,誉め言葉かも知れぬが自分一人で作業を行なったと話さなければ業者が工事をしたんやろと思われるような完成度であるとの評価を得ることが出来ました。
ちなみに,費用は材料代だけとなり,桧生節縁甲板1坪8枚入り@15,012×8・徳島産杉1坪7枚入り@4,752×11・釘などの諸費用5,000円の合計で177,368円になりました。
なんやかんやで,昨年末から2月上旬までは,畑の倉庫で過ごす時間は皆無となり,畑ではジャガイモの植え付けを遅らせており,犬・猫のペットの面倒にも気が回らない日々となったので,そろそろ本来の自分自身にもどり,田畑と家を往復する毎日に戻りたいと思っているところでもあります。
2016/3/10
仏壇を安置する場所を変更
春らしい暖かな天気が数日間続いていたのに,本日においては肌寒い一日となり,特に用事がなかったので,終日を家の中にて過ごしていたのですが,夕方となり久々にブログを更新しておこうとパソコンのキーボードを叩きはじめました。
居間と炊事場のリフォームが終わり,数日間はのんびりした日を過ごしていたところ,突然に思い付いて,以前から気になっていた仏壇を安置する場所を変更したので,この件について書いてみたい。
我が家においては,明治の始めごろに茅葺屋根の家(倉庫込みで60坪くらい)を建築し,代が変わり昭和45年の秋には現在も住んでいる住居に建て替えたが,建替えの際に仏間を置かず,仏壇は祖母の部屋に安置していたところ,その仏壇は祖母の死後に外へ出ていた叔父が本人の家に持ち帰り引継ぐことになりました。
こんな我が家であり,新たに購入した仏壇と新仏である両親の位牌も祖母が使っていた部屋に安置していたのですが,小生が元気なうちに座敷へ移動させておきたいと思うに至り,素人の工事ではありましたが,何とか仕上げることができました。
2月17日に工事を始め,2月19日に完成したのですが,
2月21日には,柱の位置を微調整し,
2月22日に,仏壇を安置し,
2月26日には彫刻欄間を取り付けました。
欄間を設けたのは,仏壇を安置したものの拝殿の上部に物足りなさを感じたので,何とかならないものかと考えた挙句に,欄間を配置することにしたのです。
ちなみに費用は,集成桧柱3,985円・桐集成パネル2,019円・桧生節縁甲板2,800円・コンパネ1,500円・彫刻欄間10,560円の合計20,864円でした。
仏壇の安置場所を変更してみての感想は,仏壇が家の中心にあると仏様が安心しておられるようであり,その部屋に入ると静寂で邪気のなさが小生にも感じられ,本来あるべき場所へ安置できたと安堵しているところでもあります。
2016/4/28
のんびりした時間
昨日に降った雨で,野菜畑のあちらこちらに水が溜まっており,本日においては野良仕事を休み,のんびりした時間を過ごしておりました。
午前中は,ブログのネタでもないものかと思い果樹畑の周辺を散策し,午後からは,久しぶりに温泉利楽へ出掛け大浴場などに浸かりながら日頃の疲れを癒していた。
果樹畑では,八朔・みかん・夏みかんの花が3分咲きにて,サクランボの実が色づき始め,びっくりグミの実が少しずつ大きくなっており,日ごとに初夏の景色へと移り変わっている様子が感じられました。
また,利楽の大浴場では,イスラム国の問題は武力で解決してもノーベル平和賞は貰えないぞとか,神々にお祈りする時には世界の人々が平和に暮らせるよう願うことは大切で,そりにより善なるプラスのエネルギーが発せられ,本人や家族にも幸せであると感じられる日々が訪れるのであろうとの想像しながら,
諸人の幸福を祈れば己の魂が洗われて,結果として世の中から争いごとが減るのではなかろうかと思いを巡らせており,
他にも,露天風呂や洞窟風呂へ浸かり,天災地変のように人間の力では止めようがない自然災害もあるとの感慨に浸っていたが,それに負けることなく人類は歩んできたので,熊本地震においても一日も早い復興を果たすべく全国民が一丸となって協力すべきであると考えていたのです。
ところで,畑では,ピンク色のカスミソウが満開となり,先日は議員さんの事務所へカスミソウを届けたら,閣下から小生の携帯へ電話があり「事務員からカスミソウの写メールを受信しました。ありがとうございました」とのお礼を述べられたので,ただただ驚くばかりでした。
さて,畑では夏野菜(キュウリ・トマト・ナス等)の苗を植え付ける時期であり,水田の予定地では6月上旬の田植えに向けてトラクターで耕し土地の高低を調整する頃になっているので,そろそろ本格的に働かねばと,独自の予定表を再確認しているところでもあります。
今月も残すところ2日になってしまい,早いもので年の3分の1が過ぎようとしているが,事故や病気もなく平穏な日々を送れたことは有り難く,このペースを崩すことなく,神仏と共に歩みたいと思っているのです。
2016/6/24
何でも屋ぞなもし
雨が降ったり止んだりの一日でした。
今年の梅雨は長梅雨のようであり,しとしと降る雨で畑が乾かず,その影響なのか収穫した野菜が水っぽくなっております。
本日においては,午前中に衣類乾燥機の分解整備を実施し,午後からは畑に建ててある倉庫二階への入り口に,扉(蓋)を取り付けるべく作業を行っていた。
衣類乾燥機は23年くらい前に購入するも,電気代が高くなるため1年くらい使っただけで,以後は自宅倉庫に保管していたのですが,最近の長雨で衣類乾燥機を使ってみようという気持ちになったので,分解整備(掃除)をすることにしたのです。
初めての作業でしたが,前面扉の奥に簡単に取り外せる2枚のフィルターと固定したフィルター1枚があったので取り外し,後部ではモーターやドラムを保護するカバー2枚を外して,それぞれ水で洗いタオルで水分を拭き取り自然乾燥中となっております。
作業中には,後部のカバーを取り外した際に,ドラムを回すベルトは痛んでなかったもののファンを回すベルトが劣化し折れており,早速にヤマダ電気へ行き注文したので,ベルトが届けば組み立てて衣類乾燥機を使いたいと思っておるところです。
この衣類乾燥機を使い始めた頃には,洗濯後の衣類を脱水機で絞り乾燥機に入れていたので,乾燥までに2時間もかかった時もあり,電気代節約のため使わなくなったと記憶しているのですが,
最近ではある程度まで乾いた衣類を,エアコンや浴室内の乾燥機で乾かす時もあり,衣類乾燥機を使うに際しても,乾きが不十分な衣類を対象に使用する予定でもあります。
午後からの作業は,5月下旬に3日ほどかけて倉庫内の中央にある移動できる階段を同倉庫の南端に移動させたのですが,この時に出入り口を塞ぐべく材料を用意していたので組み立てておりました。
移動できる階段は自慢の作品でしたが,トラクターを出し入れする度に階段を移動するのが面倒となり,年に1回しか動かさないコンバインの後ろへ階段を配置することにしたのです。
そんなことで今日も一日が無事に終了し,晩酌にと芋焼酎のレモンジーナ割りを飲みながらブログを綴っておりました。
ほろ酔い加減となった。
2016/7/16
ドジョ汁
曇りのち晴れの一日でした。
蒸し暑い日中であり,里芋が育っている畝の草取りや,昨日のことトラクターで耕した畑を汗だくになって鍬で畝上げしていた。
畝上げした場所には,黒豆・小豆の種を蒔く予定であり,余った畝にはイチゴの苗を移植する予定となっております。
ところで,この季節になると,子供の頃にドジョウを捕っていたのを思い出す時があるのですが,あの頃はジョウレン(竹で編んだ網)ですくったり,どぶ川(小川)の流れを塞き止めて水を抜き,土の中へ逃げ込んだドジョウを素手にて捕獲しておりました。
捕ったドジョウは大中小と様々で,量はラーメンの器に2杯くらい捕れた日もあり,家に持ち帰り2日くらい泥を吐かせ,ドジョ汁(ドジョウ汁・柳川鍋)にして食べていたのです。
ドジョ汁の作り方は様々なところ,我が家では底が丸い鋳物の鍋に油を敷いて加熱し,生きたままのドジョウを鍋に入れて,木の蓋をすることから始めておりました。
鍋に蓋をするのは,ドジョウが熱さでモガき鍋から飛び出るのを防止するためのようでしたが,1分もすれば静かになるので,木のしゃもじと竹の箸を使って身をほぐし,以後は味噌汁を作るように,水を入れると共に具材である里芋・葱・茄子・豆腐・油揚げ・素麺を加えて,味噌味に仕上げていたのを記憶しております。
昔からの夏の田舎料理であり,もう30年も食べてないものの,ドジョウの骨がゲジゲジするのと素麺のベトベトした食感は憶えており,次に作る時は骨を網で濾して素麺は入れないドジョ汁にしたいと思っているのです。
さて,ドジョウといえば先日のこと小川にて大型のドジョウ1匹が悠々と泳いでいるのを発見したが,何処へ向かうのか行き先は不明なところ,その一生を人間に捕獲されることなく幸せに過ごして欲しいと願ったところでもありました。
さてさて,それならばドジョ汁にはありつけまいとも思うが,一農夫においては程よく肥えた土壌を耕して,新鮮な野菜を育てて食するだけなのです。