3.
真一を乗せて、さりげなく車の前を見たが、別にひっこんでいるところもなかった。
違うわよ。
車の心配をしたんじゃなくて、どのくらいの当たり方だったのかを見ただけよ。
「ここ?」
「ああ。悪いけど、肩貸してくれないか?」
「わかったわ」
(わかったけど…いつまでタメ口なの?)
「あら、シンちゃん。どうしたの?足?」
入るとすぐに受付のおばさんに声をかけられた。
俺は黙ってうなずいた。
無愛想だがしょうがない。
痛いのだ。
「斉藤さん、ごめんなさいね。この子、急患みたいだから…」
おばさんはそう言って俺を先に診察室に入れた。
「おお、シンチ、どうした?」
俺のことを気安くシンチと呼ぶこの男、多々良源一郎、43歳。
身長198cm、体重118kg。
桜のジャージに袖を通したこともある元ラガーマンだ。
「こけた」
俺はそう答えた。
(えっ?何言ってるの、雑賀君。だめよ、ちゃんと言わないと…)
「雑賀君」
わたしが、本当のことを言いかけると、多々良に割って入られた。
「シンチ、この人は?」
「俺の学校の先生」
「英語を教えている佐藤です」
わたしは頭を下げた。
「おめぇ、学校でこけたのか?」
(えっ、無視?)
「いや、そこのコンビ二の前」
(二人で会話するな!)
「違うんです」
わたしが割って入ると、今度は真一にさえぎられた。
「先生」
「何?」
「いや、美咲じゃなくて…。先生」
(なるほど、お医者さんも“先生”だ。紛らわしい。でも、誰が、“美咲”よ。タメ口の上に呼び捨て?どさくさにまぎれて…こいつ。)
「打ったのは、腰とケツだけど、喰らったときに足を踏ん張ったみたいだ」
「わかった」
「先生、新森さんが、今度いつ来たらいいかって…」
受付のおばちゃんの大声が響いた。
「じゃぁ、脱いで、そこでうつ伏せになって…」
多々良はそう言って、診察室を出て行った。
「雑賀君、だめよ。車にぶつかったってちゃんと言わないと…」
わたしは小声で話しかけた。
「ぶつかって、こけたんだから、“こけた”でいいだろ」
「だめよ。足や腰だけじゃなくて他も打ってるかもしれないでしょ。こんなところじゃなくて、ちゃんとしたところで見てもらわないと…」
さらに声を小さくした。
「だいじょうぶだって。頭は打ってないし、本当に腰と足だけだから…。それに明日、出発なんだよ。時間がないんだ」
(そうだった。ラグビー部は、花園に明日出発するんだった)
「そうか…ごめんね。大事なときに怪我させちゃって…」
「とりあえず、まず、ここで見てもらうから、いい?」
「でも、ぶつかったことはちゃんと言わないと…」
「歩道にいる歩行者をはねたら、言い訳、きかないだろ?」
(えっ、まさか…わたしをかばって…?)
「雑賀君…」
(あっ、だめ、わたし、泣きそう…)
なんだか知らないが、急に美咲がしんみりしやがった。
(おいおい、こんなところで泣くんじゃないぞ)
「足が上がらないんだ。ごめん、ズボン下ろしてくれる?」
みっともない話だが、ズボンが脱げない。
俺は両腕を突っ張ってなんとかお尻を浮かせて、美咲にズボンを下ろしてもらった。