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「スアド、本当にあのビルなのか?」
ボヤンは、信じられないという表情でスアドに訊く。
これで二回目だ。
「ああ、間違いない。三階の、あの窓から白煙が見えた」
「こんなに離れて、走ってるやつに当たるものなのか? その後も、一発も外してないんだぞ」
「信じられないが、煙が見えたのはあの部屋なんだ。間違いない」
スアドの目は確かだ。
それはボヤンも信じている。
「まぁ、お前が言うんだから、間違いないんだろうけど……。どんなやつなんだ? 化け物だな」
昨日まで、敵の狙撃兵が何人も通りに銃を向けていた。
しかし、狙撃でやられたことはない。
今までに出た死傷者は二人。
通りを横切ろうとしたとき、運悪く、敵の兵士が二人いて、そいつらに撃たれたのだ。
それ以来、念入りに周りを警戒するようになった。
怖いのは、警備の兵士に出くわすことで、誰も狙撃兵にやられるなどとは思ってもいなかった。
それが今日、一瞬にして変わった。
シュタカが撃たれた。
アルミン・シュタカ、最も勇敢で、いつも真っ先に通りを横切る男だった。
まずシュタカが渡り、警備兵がいないことを確かめてから、他の者が後に続いた。
シュタカだけじゃない。
五人を一瞬にして失った。
いや、三人はまだ生きているかもしれないが、助けようがない。
そこにはもう、警備兵が集まって来ていた。
助けられないが、仇はとる。
目の前で仲間が次々に倒れていく中、スアドは必死に音の方向を探り、建物の外にわずかに飛び出す発射煙に目を凝らした。
そして五発目にようやく、狙撃手が潜むビルとその部屋を特定したのだ。
スアドとボヤンは、その正面にある、細長いビルの一階に潜り込んでいた。
「まだ、同じ場所にいるかな?」
ボヤンが、誰に言うともなく呟く。
「さぁ……普通なら移動しているだろう」
「どうする……突っ切るか、ここを……」
「いや、上に狙撃手がいるんだ。下で周りを見張ってるやつがいるだろう」
「じゃぁ……これだ」
ボヤンが、ロシア製対戦車ロケット弾RPG-7(エールペーゲー・スィェーミ)を、肩から下ろした。
「三階のあの部屋だな」
このビルの三階から、正面のビルの、狙撃手が潜む部屋に打ち込む気だ。
「行くぞ」
ボヤンは後にいる一六歳のケーノに声をかけた。
ケーノは、AK47にGP30を取り付けている。
小銃用のグレネードランチャーだ。
建物の中に潜む敵をやるには、RPG-7よりも有効かもしれない。
スアドは、じっくり周りを見渡す。
今のところ、近くに警備兵の姿は、見当たらない。
撃たれたシュタカ達の現場に集まった警備兵も、ここに気づいている様子はない。
(罠かもしれない……)
すでに警備兵があたりに隠れているかもしれない。
だとしたら、今このビルの階上に行くのはきわめて危険だ。
このビルを囲まれたら、逃げ場はない。
数ではかなわない。
目の前で仲間がやられ、ボヤンは明らかに冷静さを失っている。
だが、ボヤンは、やる気だ。
やるなら、一刻の猶予もない。
警備の兵士が来る前に片付けなければならない。
「もう移動してるかもしれないぞ」
スアドは、どうするべきか決めかねた。
「わかってる。……ここで見張っててくれ」
ボヤンは、イヤホンを耳に差し込むと、スアドの携帯に電話をかけた。
スアドは携帯を通話中にする。
ボヤンとケーノの姿がビルの中に消えた。