監督:ジュゼッペ・トルナトーレ

 

 帰りたい場所はあるだろうか。

 一瞬で思い出せるのは、その場所のにおいと、温度と、風。

 帰りたくない場所はあるだろうか。

 一瞬で思い出せるのは、やはりにおいと、温度と、風。

 マレーナは町一番の美女。男たちは欲望の眼差しを向け、女たちは嫉妬の眼差しを向ける。

 舞台は戦時中の、夏のシチリア。海風が、マレーナの黒い髪と白いワンピースの裾を揺らしている。マレーナは少し俯き加減に、乾いた海辺の道を歩いている。彼女の足音は音楽。その音楽を聞きつけて、少年たちは自転車を必死にこいで先回りし、彼女を待っている。その内の少年のひとりは、マレーナに恋している。想いの通じることのない、話しかけることさえままならない恋。性の目覚め。その時、少年の世界のすべてはマレーナだった。混じりけのない純粋な憧れ。憧れだけであるなら、恋ほど素敵なものなどないだろう。その人を守りたいとか、何かをしてあげたいとかいう、エゴと紙一重のひりひりした感情を抱いた途端。恋の苦悩が始まる。少年の苦悩は、マレーナの出征した夫が戦死したという知らせから始まる。身ひとつで生きていかざるを得なくなったマレーナは娼婦となり、黒かった髪を赤茶色に染め、町の男たちや敵国の兵士の相手をするようになる。そして戦争が終わった途端、抑圧されていた町の女たちのフラストレーションが決壊し、マレーナは女たちからリンチを受ける。町にいられなくなったマレーナは、誰にも知られることもなく、顔を隠して電車に乗った。

 マレーナにとって、この町のにおいは、温度は、風は、どんなものだったのか。すっかり平穏に落ち着いた町に、マレーナは、実は生き延びていた夫に支えられるように、町に戻ってくる。

 「あれ、マレーナじゃない?少し太ったわね」

 女たちが呟き合う。

 「マレーナさん、お久しぶり」

 そんな風に言う女もいる。

 何故彼女は戻ってきたのか。説明はない。必要ない。彼女には、ひれ伏したくなるほどの尊厳と、美しさがある。ラストシーン、マレーナと少年が一瞬だけ触れ合うシーンは忘れられない。少年は、憧れを守り通した。

 

 

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