アメは本当に頑張ってくれた。

何度も体調を崩しては、その度に元気になってくれて。

私は励まされてばかりだった。


辛かっただろう、苦しかっただろう。

でも今、やっと解放されたのだ。


ペットロスを心配していたが、そこまで落ち込むことはなかった。

最期にアメとたくさん語り合い、撫で、愛してると伝えられたからかもしれない。

自己満足かもしれないが。


後悔がないといえば嘘になる。

たとえば、ステロイドではなく、抗がん剤治療にすれば、もっと長生きできたかもしれない。

あのふわふわした体に触りたくてしょうがないし、帰った時、ついゲージのあった場所を見てしまう。

3歳という若さであったことも悔やまれる。

もっと一緒に居たかった。


けれど、自分を責めて鬱になったところでアメが生き返るわけでもない。


私は私なりに生きて、そしてアメを私の心の中で生かさねば。アメと共に生きねば

そう思うのだ。


闘病中は辛いものだった。

仕事が朝早いのだが、ごはんの準備やお薬など与えてから家をでていたため、時間との戦いだった。

しかしそれが無くなってしまうと、拍子抜けするほど自分が縛られないことに気付いた。

どうしても早く帰れなくても、なんの制限もなくて

人間は縛られると苦しむものだが、ある程度縛られてこそ人間なのかもしれない。



今頃何をしているだろうか、と考える。

今日私の住んでいる街には初雪が降った。それを天の国からもの珍しそうに見ているのだろうか。

そう思うと少し微笑んでしまう。


天の国でいつまでも幸せに、と思う反面、また会いに来てほしいとも思う。

フェレットの姿でなくとも、どんな形でもいい。

また私にかまってほしい。

会いに来てほしい。


また、いつか


待っているからね。アメ。






最後に、応援してくださった皆様、このブログを読んでくれた皆様。

本当に有難うございました。