本当に久しぶりの更新になってしまいました。
仕事も忙しいのですが、それ以上に仕事から帰ってきたら、眠たくて…😴
春眠暁を覚えずですな…
さてさて、そんな中でつ…ついに行ってきました!
大野原町有木地区です。
前のブログで書いたのですが、ここに行けなくて😥
詳しくは、こちらを見てください。
この前、行けなかった平家の里ですが、観音寺市の広報を見ていたら、平家の里のツアーをすると書いてあり、迷わずそれに乗った私!
旦那さんに連れて行ってもらうのもいいんですが、どうせなら専門家の話を聞くほうがいいと思い参加しました。
平家の里と言われている有木地区は、平家の落人伝説が残っていて、壇ノ浦の合戦で敗れた平有盛が落ち延びてきたと言われています。
平有盛とは、平清盛の孫に当たる人物で、歴史書では、壇ノ浦の合戦の後、自害したと言われています。
が…!
どうも、大野原町有木地区に逃げてきて、長くこの地にとどまったと言われています。
その証拠に、有木には、左衛門尉某、有木左衛門という名前で屋敷を構えていたと思われる地名や物語がたくさん残っていて、さらに、逃げ延びる際に持っていたと言われる阿弥陀如来坐像、名剣小烏丸、陣太鼓などが残っています。
でも、小烏丸は、盗難に会い現物はなく、残っているのは、太刀箱のみで、さらに、平家の証である赤の旗は、 三部神社の本殿から出てきましたが、当時の村人がいらないと思い、焼いてしまったとか…😫
残っていたら、すごい文化財だったのに!
でも、阿弥陀如来坐像と陣太鼓は、盗難に合わないように防犯対策されていて、大切に保存されています。
なので、阿弥陀堂には、入れない…!
入り口からお写真を!
実は、防犯ブザーの解除方法がわからないんだって…😫
どういうことですか!観音寺市さん!
なので、ちょっと画像をお借りしてきました。
阿弥陀如来坐像は、見れませんでしたが、有盛のお墓に行ってきました!
藪漕ぎしたわ〜🌳
なんて簡素な…
でも、落ち延びてきたからなんでしょうね。
だけど、この地には、このような墓がいくつかあるし、館屋敷、お宝屋敷、上屋敷、下屋敷など、平家を取り巻く地名が残されています。
これもお墓。
明らかに近くにある石とは質がちがいます。
最後に、ツアーのお昼ご飯。
わけぎ和え、筍の煮物、筍とタラノメの天ぷら、菜の花のかき揚げ、はっさくといちじくのグラッセ、季節のちらし寿司。
全部、有木地区のある五郷で取れたものばかり。
とても美味しかった〜!
以上、平家の里のお話でした。




