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Minahei

ライター戸塚美奈のブログです。

新刊のお知らせ

『先生は教えてくれない! クレヨンしんちゃんの友だちづきあいに大切なこと』が、3月7日に発売になります‼

漫画家高田ミレイ先生にしんちゃんの漫画を描いてもらい、私が文を書き、編集のKさんと一緒に作り上げました。

・「おはよう」から始めよう

・遊ぶ約束を守れなくなったら

・強引な友だちにダメと言えない

・貸した物を返してくれないとき

・泣いている友だちどうしよう

・友だちの前でないしょ話はしない

・笑顔は友だちづくりの第一歩

・どうしよう、悪いことに誘われた

等々。

友だちづきあいの基本ルールを学習しながら、しんちゃんと仲間たちの漫画を楽しめるオトクな本になっています。

小学生中学年くらい対象ですが、本を読みなれているお子様なら低学年からでも楽しめるはず。お友だち関係で悩む中学生にも読んでもらえる内容です。

高田ミレイ先生の漫画も読みごたえあり! しんちゃん漫画ファンにもバッチリ楽しんでいただけます。

新学期の朝読用の本にどうでしょうか。進級プレゼントにもぜひ!

 

 

 


 

 

 

「この世界の片隅に」を観てから、すっかり裁縫やりたい病にかかり、繕い物やらなにやら仕事の合間にやっているのだが、そもそも裁縫の基礎もなく、根気もなく、ぶっつけでやるから仕上がりがすべていまひとつ。

ジーンズのファスナーが壊れてしまい(そんなの初めて…この腹の肉のせい)、幸い、裁縫箱に入れてあった買い置きのファスナーがあったので、夜なべしてつけて、「これでよし」とさっそく翌日履いてみたところ、これがまったく役立たずの自動ドア。何度上げても、いつの間にか社会の窓(死語)が開いている。このファスナー、そういえば、小物入れを作るために買った物で、つまり、ズボンのファスナー用のストッパーがない。

仕方ないから100均で4コ108円のファスナーを買ってきて、再び夜なべしてつけ直し。つけ直したあとは無事、またはけるようになった。27円のファスナーでも元気に活躍しているからすごいものだ。

こちらは、キッチンで使う用のミトン。あまった布でこれも夜なべして、せっせせっせと作ったもの。表と裏で柄違いで、なかなか気に入った仕上がりにはなったのだが……、

手が入らなかった……。

手は入れずに使ってはおりますが。

 

 

 

 

 

週末、「ガソリン入れて、それから車を少し動かすかぁ~」と、ダンナが言うので、それではと少しドライブに行くことに。

ドライブがリラックスになるほど車の運転に慣れていない私、しかも、ダンナが隣に載っていると、「赤だよ赤だよ」とか「あーっ!」とかいろいろうるさいのでまったく楽しくないのだが、彼は私の運転でのドライブが楽しいらしい。私は教習所で練習しているみたいな気分。

 

いつものドライブコース、調布飛行場から見える富士山。週末はこんなにきれいにクッキリ見えた。富士山がきれいに見えるとダンナは大喜びする。「あぁ、富士山見れてよかった」「よし、いいことありそうだ!」と言う。そんなに喜んでくれるのだから、まぁ運転してあげた甲斐があるか。

静岡にルーツのあるダンナは富士山が大好きだが、奥羽山脈のふもとの盆地に育った私には、どうも富士山は「山」とは思えず……マッターホルンだって山というより崖だし。「ふるさとの山に向ひて言うことなし、ふるさとの山はありがたきかな」という啄木の歌があるけれど、まさにそれだ。私にとっての山はふるさとで間近に見ていた山こそが「山」であり、眺めたいと希うものなのであって。

富士山、好きだけど。そりゃきれいに見えたらうれしいし。でも今は、子どものころ家の二階の窓から眺めていた、近所の山の姿が、ひたすら恋しい。

年をとったのかもしれない。

 

 

 

ずいぶん長いことブログを書くのをさぼってしまった。

なにをしていたかというと、漫画『風雲児たち』を読んでいたのであった。

 

歴史漫画『風雲児たち』は、関ケ原から幕末を描く長大なドラマ。ドラマというよりクロニクルとも言うべきもので、第一巻の表紙には坂本龍馬が描かれているのに、関ケ原からスタートし、その後延々と、大黒屋光太夫、平賀源内、最上徳内等々、江戸時代を駆け抜けた奇抜な風雲児たちのドラマが展開する。読みはじめて気が付いたのだが、この漫画、いまだ完結していないのだ。次巻で寺田屋事件というから、幕末はこれから・・・

全20巻、風雲児たち幕末編28巻、全部買った・・・。で、蘭学を学ぶ人たちが夜も寝ずに本を読み、書き写すのに感動して自分も夜寝ずに読み通し、何年かぶりかで風邪をひいてしまった。幕末の勉強家の志士たちはみんな若かったということをうっかり忘れていた。

 

この漫画にはかずかずの名言があるのだが、いちばん好きなのが、2巻にある

将軍秀忠の子(のちの保科正之)を宿した娘に、浪人の父親、神尾某が言う言葉。

 

「お父さま。さだめとは、いったい何でございましょう」

「運命(さだめ)とは、生命(いのち)を運ぶことじゃ。それのわからぬやつが、『生命(いのち)を運ばれる』と読んでしまう」

「運命(さだめ)とは、決してよそからくるものではないぞ。わかっていようがいまいが、自分できめて、自分できりひらいてゆくものだ」

「命を精いっぱい使ってゆけ。それを『使命』というのだ」

 

「風雲児たち」のテーマといってもいいような言葉かもと今書き写していて思った。

 

このお父ちゃん、娘の静が去ったあと、ひとり、寂しさを振り払うようにお膳に座ってガツガツとめしを食う。このシーンもとても好きだ。この漫画には、全編を通じてお膳に座ってご飯を食べるシーンがたくさん出てくる。登場人物のほとんどが武士だからか、皆、どんなに貧しくともお膳を前にしてきちんと座り、食事をする。どんな不運な境遇にあろうと、どんな粗末なご飯しか用意できなくとも、きちんと食事をする。そんなシーンが、とても武士らしい。ありがたく米や魚をいただくという行為を通して、日常生活の武士の作法の中に、農耕や自然への謙虚な気持ちが宿っているのも感じる。

昔、だれかのエッセイで読んだのだが(村上春樹さんのエッセイだったかも)、志村喬さんの祖父は土佐藩士で、子どものころから武士として厳しくしつけられたため、好物のちらし寿司も、わざわざネタを別にして食べていた・・・のだそうだ。つまり、ご飯とネタをごっちゃにして混ぜて食べるなど武士としてはやってはいかん、と躾けられていたので、大人になっても混ぜて食べられなかったのだそう。

食べ物に対するそうした気持ちを、現代の我々はもう少し思い出すべきだと思うのだ。と、『風雲児たち』を読みながら、志村喬さんのことも思い出したりする。(今調べたら、志村喬さんのお祖父さんは山内容堂のもとに仕え、隊長として鳥羽伏見の戦いにも参戦していたそうだ)

 

とか言いながら、単純に、漫画の中の食事をするシーンに生活感を感じて、日ごろおかあちゃん業をやっている自分にとってはうれしいだけなのかもしれないケド。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明けましておめでとうございます。今年は喪中の上受験生2人もかかえた家のため、「おめでとう」も小声で交わす正月なり。とはいえ、餅に酒(は私が飲んでいるのだが)の連日の宴会は例年どおり。おさんどんとくだらないテレビ番組にスポーツ番組の流しっぱなしで正月後半私が不機嫌になるのも例年通り。正月の主婦ってくたびれる。新聞読みながら、夫が「アベソーリは正月は六本木ヒルズのホテルだって」と言っていた。「ホテルで正月をすごすよーな政治家に庶民の気持ちがわかるか!少しはめざしの土光さんやホセ・ムヒカさんを見習ったらどうだよ」と言ったら、「ソーリはソーリで職務にかかわるからホテルなんじゃないの」だって。関係ないよ、スマホの時代に。年末に買い出しをし、掃除をし、家族のために正月料理を作り、客を招き、大量の皿洗いをし、お泊りのフトンを用意し、ということをする人と、正月は高級ホテルでスマートに過ごすって人とには、大きな大きな隔たりがあると思う。とかえらそうに言ったものの、正直なところ台所仕事をしながらずーっと「ひとりになって本が読みたい、本が読みたい」と思ってるんだから困ったもんだ。ほんとはアッキーがうらやましいだけだったりして。昔の旧家の嫁ってどんなに大変だったんだか。

やっと正月が終わった。さぁこれから今年の抱負を考えよう。

 

喪中だけどお供えをしたほうが夫の両親も喜びそうだしでお節にお神酒。5人分なのは義妹の分で犬の分ではありませんので念のため。煮物やチャーシューは作った物。黒豆や昆布巻きは買った物。チーズとサラミは欧風料理が好みの義妹が持ってきた。