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Minahei

ライター戸塚美奈のブログです。

「一貫性のある親であるべき」だと思っていて、ずっとそうじゃなかった自分を責めていた。

だって、教育・育児の本には必ず書いてありませんか?

子どもには常に一貫性のある親であるべき、と。

でも、

それって違うかも、逆に、「一貫性のない親でいいのかも」と思い直した。

否、「一貫性のない親のほうがいいのかも」!

 

前回ピックアップした本のひとつ、『伴走者は落ち着けない』。

これは、精神科医・齋藤学先生について探る本だ。なぜこれほどこの医師を慕って通い続ける患者が多いのか、と、愛読者でもあった著者が、患者と齋藤先生へのインタビューを通して、その謎に迫る。

本には明確な答えは書いてないけれど、読者はこの本からさまざまな解を受け取るだろうなと思う。

 

1人の患者がこういう。

「でも何よりも、先生の生きてる姿が患者には一番影響あるんじゃないかな? あんなにいい加減で、わがままで、自分勝手で、それでも生きていていいんだって思わせてくれるところ。先生から受け取った大きなことって、言うことが変わってもいいんだなって思えたことなのね。人は、一貫して同じことを言わなきゃダメって思っていたけど、その時々によって違ってもいいんだってことを教えてもらった気がする。先生の生き方から、楽に生きる方法をいっぱい教えてもらってるのかもしれない」

 

続けて、著者はこう書く。「逆に言うと、アディクションを抱えた人は、「こうでなくてはいけない」という決まりに縛られているタイプが多いように感じる。」

 

いいかげんな姿を見せることで、患者の育て直しをする……。

 

子どもにとって、一番ありがたい親の教育は、親が自らの失敗を話すことだ、というのを聞いたことがある。

でも、これが案外難しい。それで失敗自体は隠したまま、「だから失敗しないようにこうしなさい」となるわけ。

今になって罪滅ぼしのように、少しずつ「実はね」と話すようにはしているけれど……。

 

ほとんど子育ては終わった今更だけど、いいかげんな親で大丈夫だったんだ、と思って、なんだか気が楽になった。

一貫性のある親なんてオソロシイ。一貫性はないけど一生懸命生きている、これからもそんな姿を見せていけばいいのだ。

 

去年の桜の写真の使い回しである。それでいいのだ。

 

 

昨日、出先で「おすすめの本ありませんか?」と聞かれたけれど、

とっさのことにお返事うまく出来ず。ほんとうは最もうれしい質問のはずなのに。

読んだはしから忘れているのか?

 

本棚を見ながら

ここ半年くらいで読んでとくに良かった本、

友だちに勧めたい本といったらどれかな、と思い出してみた。

以下、簡単に一言紹介します。

 

 

 

『忘れられない日本人』小野和子

著者は、90歳の民話採訪者。民話とともに語り手の身の上話も聞き取り記録に残してこられました。3月8日の朝日新聞beのインタビュー記事がよかったので取り寄せて読んだもの。語り手の息づかいが聞こえるような方言の昔語り、著者の静かな情熱が感じられる文章、すばらしいです。東北の古里を思い出し、たまらない気持ちに。

 

『透析を止めた日』堀川惠子

血液透析は大儲けになる巨大ビジネス。そのかげで、透析患者にはがん患者のような終末期の医療が保障されていないという残酷な現状を白日の下にさらし出します。読者は、後半登場する患者と向き合う本物の医療者の姿に希望を見いだすことができます。すべての関係者が読んで、医療システムを変えてほしい。

 

 

『隆明だもの』ハルノ宵子

昭和の偉大な思想家吉本隆明の娘(でありばななさんの姉)の著者による父を巡るエッセイ。すっかり著者のファンになりました。パパである偉大な思想家はもちろん、坂本龍一なんかもコケにされてておかしいったらない。

 

『別れを告げない』ハン・ガン

言わずと知れた、ノーベル賞作家による小説。大切なことを後世に伝え継ぐことを決して諦めない、登場人物の女性たちの姿が美しいです。かなり好き。でも村上春樹などの幻想的な小説が好きではない人は読みにくいかも。

 

『母がゼロになるまで』リー・アンダーツ

家事ができずゴミだらけ、あちこちに借金、じつは大人の発達障害だったお母さん。お世話をした著者の2年間のレポート。さーっと読めるけど、いろいろ考えさせられました。「note」の連載なのでwebで読めるかもしれません。

 

 

 

『その日暮らし』坂口恭平

著者の他の本では文章がやたら長いけど、これは新聞連載なので短く読みやすい。巻末、躁鬱病の著者のトラウマ体験が小説風に書かれていてこれが頭に残ります。

 

 

 

『ポンコツ一家』『ポンコツ一家2年組』にしおかすみこ

認知症の母とダウン症の姉、父酔っ払い、の世話をする元SM芸人? によるエッセイ。面白すぎ。あまりの文章のテンポのよさに事の重大さがわからなくなります。

 

 

『対馬の海に沈む』窪田信之助

JAの職員に課せられた共済商品のノルマ……農協の金融事業の闇を描いた壮絶ノンフィクション。一気読み必至です。本当は農協の闇というより日本の闇なのでしょう。

 

 

『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』大滝ジュンコ

現代アートをやっていた女性が熊打のすむ村に嫁入り。山仕事や祭りなど行事に奮闘しつつ、現地の村の布を復活させようと活動を始める話。数ページですが口絵の写真も魅力的。

 

 

 

『伴走者は落ち着けない』インベカヲリ★

アダルト・チルドレン提唱者である精神科医齋藤学と、そのクリニックに通い続ける患者たちに話を聞いたルポ。「近くで接したものだけが感じる」齋藤先生の「壮大な」「何か」に、読んでいるとなんとなく近づけるような気がして癒やされます。

 

 

 

『酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医が本気で語り明かした依存症の話』松本俊彦 横道誠

アル中とたばこ中毒の先生ふたりの往復書簡。フランクな語り口ながら依存症治療の最前線がわかります。でも巻末の鼎談に登場する「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんの話が全てぶっちぎっちゃってるのがすごい。アルコールよりたばこより、ギャンブルの依存症が恐ろしい!!

 

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たいへんご無沙汰しております。

恥ずかしながら、本日4月1日から、ブログ再開いたします。

エイプリル・フールではございません。

2007年に『インフルエンザ・ワクチンは打たないで!』からずっと、ライターとして関わり、本を作らせてもらっていた。母里啓子先生が、2021年、突然亡くなられた。

ちょうど、次の本の準備にとりかかっているところで、私は灯台を見失った船のようになった。茫然としてさまよったまま、3年もの月日がたってしまった。

ようやく、「子どもと親のためのワクチン読本編集部編」という形で続編をひとつ本にできて、少しだけほっとしているけれど、まだまだ残しておくべきことは沢山あるから、

これからまた少しずつ、今度は自分自身の筆で、書いていこうと思う。

本という形にはこだわらないつもりで、どこかに書いて、どこかに残して…(お知らせはこのブログでします!)

 

今頃ですが、2021年に「コンシューマネット・ジャパン」に寄せた追悼文を再録。

少し長いけれど、母里先生がどういう人だったか、少しわかってもらえると思うので。

 

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母里先生に会いたい
「効きません。」「いらない。」
最初にお会いしたとき、「インフルエンザワクチンが効かないって、本当ですか? 打たなくても大丈夫ですか?」と聞いた私に、即座に、そしてにこにこと母里先生はおっしゃった。
2007年。インフルエンザワクチンを打ちましょう、と、学校で職場で病院で、あちこちで聞くようになっていた。あれ?インフルエンザワクチンって、効果がないから学校で接種もいつの間にかなくなっていたよね? それがどうしてこんなに宣伝されているんだろう。
 一歳になるかならないかの次男がインフルエンザにかかったとき、処方された抗ウイルス薬、シンメトレルでひどい副作用が出た。以来、信頼できる情報を求め、私はジャパンマシニスト社の発行する雑誌「ちいさい・おおきい・よわい・つよい」や刊行物を食い入るように読んでいた。同誌では編集員として、毛利子来先生、山田真先生など、子育て中のお母さんたちに人気の小児科医が発言されていたが、ワクチンについて、もっとも明確に切り込んで言葉にしているのが母里啓子先生だった。話を聞いてみたい。わからない部分をもっと深く伺って、納得のいく本を作りたい。どんな先生なのだろう? 他の媒体には出ていないということは、何か事情がある難しい先生なのだろうか? ご本人に会いたい。

実物と会って、本人の口から、ほんとうにインフルエンザワクチンが効かないのかどうか、確かめたかった。もう私が本を作るしかない。

思い詰めるあまり、ジャパンマシニスト社の編集部にあてて手紙を出してしまった。
編集部の方も驚かれていたに違いない。退職後、静かに「ち・お」編集委員として過ごされていた先生を、どこの馬の骨ともわからないライターが呼び出してしまった。
 

版元である双葉社の編集者A氏といっしょに、東戸塚の待ち合わせ場所で待っていた瞬間のことを忘れることができない。駅のモールのエスカレーターから先生とジャパンマシニスト社の編集者の方が談笑しながら降りてこられるのが見えた。
ご挨拶をしたときに、目尻の下がったやさしい笑顔で「お手紙をくださって…」とおっしゃった母里先生。その一瞬で、信頼できる血の通ったあたたかい人柄であること、母里先生が医学博士という権威にものを言わせるたぐいの人物ではないことがわかった。
母里先生は生前、講演会で若いお母さんとふれあい、「ナマ母里啓子と会えた、って喜ばれたの」とうれしそうに話していたことがあった。紛れもなく、私自身も本物の母里啓子先生に会いたいお母さんの一人だった。
インフルエンザワクチン? 効きません、いらない。母里先生の笑顔の答えに、大きな荷物を下ろすような、なんともほっとする気持ちがしたものだ。
                *
その年の年末には、最初の本「インフルエンザ・ワクチンは打たないで!」を刊行した。
最初の本が出た後も、2010年に新書「インフルエンザワクチンはいらない」、2013年に「子どもと親のためのワクチン読本」2014年に「もうワクチンはやめなさい」(すべて双葉社刊)と改訂も加えると1、2年ごとに先生にくっついて本を作ってきたことになる。
幸いにも、最初の本では母里先生の最愛のお連れ合いが、その後の本では、母里先生と一緒に長年活動されてきた古賀真子さんが、読み合わせや校正に関わってくださった。
なにしろこちらは医学も科学も素人である。母里先生が話した内容を私が文章に起こし、構成をした。それを先生とていねいに読み合わせをし、直した文章をまた読み合わせる。時間をかけて作った。
 

「私は言いっぱなしなの。辻説法は得意だけど、言いっぱなしにしちゃうもんだから、言葉にちゃんとお洋服着せなさい、って言われる」そう笑いながら、おしゃべりから自由に文章を起こすのを許してくださった。書いた物は丁寧に声に出して読みながら確認され、言い回しなども適切に、ときにユーモアを交えて修正された。「母里節」とも言える名調子で名言が飛び出すこともあった。ライブで聴いている私は拍手喝采だったが、読者には誤解を与えると編集者に却下されるものも多々あり、これは少々残念だった。
 

基本中の基本から教わった。ウイルスと細菌は違うこと。ワクチンには生ワクチンと不活化ワクチンがあること。口や鼻などの消化管から入れることと注射器で入れることは全く違うこと。インフルエンザウイルスは鼻やのどなどで増える感染症なのだから、血中に抗体ができても感染を防ぐことはできないこと。
医者にありがちな、医学や科学を学んでいない人が首を突っ込むなというような権高さとは無縁で、わかりにくいことは何度も言い換え、よりわかりやすい言葉で、かつ、誤解のないように解説してくれる。贅沢にも、特別講義を受けているようなものだ。
 

いつの間にか、先生の思考が微生物の世界に飛んでしまうこともあった。
ワクチンの普及ですっかり姿を消したはしかのウイルスのことを、「はしかのウイルス、いったいどこ行っちゃったんだろう? たまに出るんだから、どこかにはいるんだよね」と突然脱線してネットであれこれ調べ始めたり、そうかと思うと、やおら電話帳のような『国民衛生の動向』を書斎から持ち出して、感染症による死亡数をチェックし「へー、まだこれだけ出てるんだ」と感心したり。
先生にかかると、ウイルスや菌も恐怖の病原体というより、必死で地球上に生きているちっぽけで健気で、そして面白い生き物になってしまう。
「そういえば、昔、天然痘が撲滅させられたときね、天然痘ウイルスがかわいそう、って気の毒がってた先生がいたよ。私はそこまでじゃないけど(笑)」

母里先生にとっての「科学」                
母里先生は、自ら調査し、確認したことを柱にして話をされた。母里先生にとっての「科学」は、文献から学んだ知識よりも、公衆衛生の現場で自ら疫学的に調査し、確認し、納得したことが基本になっていた。
だから論旨は終始一貫していた。
 

たとえば、患者がいないのに、ワクチンの副作用ばかり出ている日本脳炎ワクチンについて、常に、「必要ない」と明言されたが、それは、毎年千人もの日本脳炎の患者が出ていた時代に、母里先生自身が、日本脳炎ワクチンの精製に関わっていた経験があったからだ。
 

また、横浜衛生研究所時代に母子感染防止のシステム作りに関わった母里先生は、横浜市で妊婦さんや小中学生の抗体を調べ、B型肝炎の抗体を持っている人の大半が肝炎の既往がないことから、ほとんどの人が知らない間にウイルスに感染して抗体を作っていたことを確認している。つまり、幼児期に感染しなければ、不顕性感染で抗体を持てる。だからワクチンの必要はないのだ。
出産時の感染さえ防ぐことができればと、出産時にかけつけて母子感染防止をし、B型肝炎ウイルスキャリア率を大幅に減らすことに成功した。
だからこそ、B型肝炎ワクチンが乳幼児への定期接種となったときも声を大にされた。
「すべての赤ちゃんにB型肝炎ワクチン接種なんて、必要ない。断固いりません!」
 

インフルエンザワクチンに疑問を抱いた母里先生は、横浜市中の過去10年分のインフルエンザワクチン接種率と学級閉鎖のデータを調べあげ、「やっぱりインフルエンザワクチンは効いていない」と確信する。その後、東北各県の衛生研究所でインフルエンザの疫学研究会に参加し、さらに広くインフルエンザワクチンの調査を続ける。「山形の衛生研究所でね、寝たきりの高齢者にワクチンを打って、ワクチンの抗体を調べた調査があったの。ぜんぜん上がってなかったよ」
この研究会の流れで前橋市のインフルエンザ研究班にも参加する。それが、「ワクチン非接種地域におけるインフルエンザ流行状況」いわゆる「前橋レポート」である。
「前橋レポートの一番の意義は、ワクチンをやめた前橋市とワクチンを打っている高崎市、双方の医療費が変わらない、ということ。これが一番のデータね。同じ自治体の中の、同じくらいの規模の市を比べられたというのが最大の成果なんですよ。ワクチンをやろうがやるまいが、医療費はかわらない、それはだれにも覆すことができないデータなんです。学校の先生も行政もからんで、地域ぐるみの調査ですよ。とにかくこのメンバーは燃えてたから。親から同意をとって5年間にわたり同一児童600人の抗体検査、そんなこと、今誰ができますか」
先生はいつも、「お前は30年前のデータを使って物を言ってるって彼(お連れ合い)に言われる」と笑っていたが、母里先生の「インフルエンザワクチンはいらない」は、これだけの調査が土台になっているのだ。
                
最初の本で副作用について書いていたとき、ワクチンと自閉症の関わりについて触れようとすると、自閉症との関わりについての論文は否定されていて、今のところ確証がないから、入れないほうがいいでしょう、とはっきり言われた。科学とそうでないものとの線引きは明確だった。
 

ワクチンの副作用ではないかという仮説がしばしば出てくるものに川崎病がある。川崎病はとくに4歳以下の子どもに多く出る、いまだに原因不明の病気。ここ数年、増えている。乳幼児の予防接種が増えるにともない増加しているため、ワクチンのせいではないかと指摘する医師もでてきている。先生に尋ねてみると、
「川崎病は、わからない」と、はっきり言われた。
「最近増えてるの? 手をやく病気なのだけど、ガンマグロブリン療法などをやって治療しているでしょう。ガンマグロブリンが効くということを考えると、なにかのアレルギーかとは思うけれど……。じつは、私も川崎病に関しては、100軒くらいお家を尋ねてね、調査したことがあるんです。公衆衛生院にいるとき、横浜一帯、川崎病がすごくはやったことがあるの。そのお家の特徴が何かないかと、公衆衛生院の簑輪さんと、ほんとに一軒一軒、家庭で使っている物など調べて訪ね歩いたことがあるんですよ。でも、なんにも出てこなかった。予防接種歴も聞いているけど、何も違いが出てこない。結局原因不明。途中で挫折してます。ワクチンとの関わりはわからない。つかまえられなかった」
 SNSなどではほんの数例くらいのことで断定的なことを言う医師も多い世の中である。100例でまだわからない、それが母里先生が追いかけていた疫学の世界なのかと襟を正す思いだった。

母里先生のスケール
母里先生のお話は、何度伺っても、そのたびに、新しい学びがあった。
 

医師免状をとってすぐ、腸チフスパラチフスの予防接種のアルバイトをして、その集団接種のありさまに驚愕した話。日本脳炎ワクチンの改良に関わった伝染病研究所時代、やっときれいなワクチンができたのに、国は認可を一年待って汚いワクチンの在庫処分をしたこと。横浜の衛生研究所時代、鶴見川にコレラ菌が見つかり、延々と塩素タブレットで無意味な消毒をしたこと。モントリオールで開かれた感染症学会に参加し、そこで知り合ったカナダの医師に前橋医師会のMMRワクチンによる無菌性髄膜炎についての論文を送ったところ、カナダではMMRが即刻中止されたこと(日本では副作用を出しながら延々と危険なMMRワクチンを子どもたちに打ち続けた)。


昔話がそのまま感染症の歴史になっている。
 

「35億年の昔、海の中でバクテリアみたいなものが生まれて、それが進化のあげく人間になったっていうことだって、奇跡に近いわけでしょう。人間の進化の歴史に比べたら、ワクチンで病気を予防するようになったり、ウイルスが発見されたりしたのなんか、つい最近のことですよ。それを、どっかひとつ遺伝子をいじるとか何かやって、それでなんとかできると思うなんて、人間の思い上がり、浅はかさでしょう」
母里先生の頭の中には、先生の公衆衛生の現場経験のみならず、太古の海で生まれた生命から始まる長い年表のようなスケールがデンと居座っているように思えた。そのスケールで最近出てきたインスタントな科学を一刀両断された。
                 
そして、世界に広がる横のスケールも、常に頭の中にあった。地球上の世界が広いことをいつも意識されていた。あまりにばかばかしいニュースが続くと、首を横に振り、アフリカのサバンナや南米をのぞむように遠い目をされるのだ。
 

「マダガスカルの蚊は蚊取り線香に止まってたよ(笑)」
 日本脳炎のワクチンは、日本人が作った物なのだから、世界のためにワクチンを作り続けなければならない、という話に先生が腹を立てたときの一言。
蚊だって世界中その土地の風土によって違うでしょ、日本の蚊取り線香はマダガスカルの蚊にはぜんぜん効いてなかったよ、と。
 

先生は旅のことを「遊びに行く」と言って何よりも楽しみにしていたけれど、旅は、世界と地球の大きさを感じ、生物の多様性を実感するための、先生の大切な手段だったのではないかと思う。

ひとの痛いの百年平気
私事だが、数年前、夫が難病にかかり、日常生活で介助が必要になった。そのことを、友だちより、誰より気にかけてくださったのは母里先生だった。先生ご自身、大切なお連れ合いをALSで亡くされたからでもある。
身近な人でも案外、家族の体のこと、介護のたいへんさを気にかけてくれる人はいないものだということを、この立場になって初めて知った。母里先生は、電話で話すたびにも、必ず様子を尋ねて案じてくださった。


忘れられない一言がある。
「家族で、介護するものはほんとうに大変ね。……でもね、一番苦しい、辛いのは、ご本人だから」
今私はこの言葉に支えられている。


先生の名言に、「ひとの痛いの、百年平気」という言葉がある。諺なのか、何かの引用なのだろうかと思い、先生に尋ねたことがある。
「だれが言った言葉だかわからないんだけど……。患者に対してね、痛みというものは、共有できない。だから、どこが痛い、ここが痛い、って訴えられたときに、痛いわけない、ということは絶対に言えないということ。わからないの。痛みって、当事者にしか。歯が痛いとウンウンうなっている人の隣で、人間って平気でぐうぐう寝られるわけ。痛みは話で聞くことはできても、本当の痛みは決して共有できないし、絶対にわからない。だから、決してひとの病気をわかったようなことを言うな、って。誰が言い出したことかわからないけど、すごく印象に残っている言葉なの」


母里先生はどんなときも、絶対的に、痛い思い、辛い思いをしている人、弱い立場の人の側に立つ。人一倍深かった共感と思いやりの気持ちは、その痛みを自分は真にわかってあげることはできないのだ、という謙虚さから来ていたのかもしれない。
「あんな小さい赤ちゃんに一度に6本も注射を打つなんてかわいそう、虐待だよ」と顔をゆがめ、平然と赤ちゃんにワクチンの同時接種を打つ医者への嫌悪感をあらわにしていた母里先生。
 B型肝炎の母子垂直感染防止のシステム作りに関わっているとき、キャリアのお母さんから生まれてすぐの赤ちゃんにワクチンを注射するため、安全性を確認しようと、とりあえず赤ちゃんの3倍量のワクチンを自分に打ってみたという。「こーんなに、腫れ上がりましたよ」。


乳児に同時接種など言語道断、そう頭では理解はしているけれど、私自身、赤ちゃんの身になって考えているわけではなかった、今気づいた。もし、自分が1日に何本もの予防接種を打たれると考えたら? 右腕、左腕、太ももにも……想像するだけで体が冷たくなる。
新型コロナ禍の今、気づけば、ワクチンに全幅の信頼を置いているような人でさえ、3回目の接種は遠慮したい、と言い出している。乳児にあれだけのワクチン接種をすることの恐ろしさを、人は少しは想像できるようになるだろうか。


予防接種裁判の被害者に寄り添い、被害の実態を知り、親御さんの苦しみを目の当たりにしてきた母里先生。ひとの痛みはけっしてわかってあげることはできない、ならば自分には何ができるだろうかと、徹底して痛みを訴える少数の人たちの側につき、誠心誠意寄り添うことを全うされた。
                 
2007年の年末に刊行された「インフルエンザ・ワクチンは打たないで!」は話題となり、版を重ねた。ワクチンの生産量が着々と伸びているところに、小さな石つぶてではあるが、一石を投じられたと思う。
それ以降も母里先生と作った本はほとんどが重版された。先生も自ら講演会に本を持ち込んで宣伝してくれた。読者層を広げたことを何よりも喜ばれ、本の販促のためにギャラのない講演会も引き受けてくださった。船で海外への長旅に出られるようになってからは、母里先生が船から下りるたびに、本の注文や講演依頼が増えた。


一方で、年々ワクチンのプロパガンダが巧妙になり、ワクチン産業が膨らんでいった。これはほんとうに悔しく、無力感を感じることだった。
インフルエンザワクチンを打つ人は6千万人にも増え、乳幼児の定期接種は何本も同時接種をしなければ間に合わないほど増えた。本を重版したり改訂したりするたびに定期接種の欄に書き入れるワクチンが増えていく。


「あるお母さんに聞かれたの。自分の母子手帳を見たら、BCGとはしかの予防接種しかしていなかった。どうしてこんなに今は予防接種が多いんですか、病気が増えたんですか?って…」「病気が増えたんじゃありません。ワクチンができただけです、って言ったの」「最近増えた定期接種は全部いりません!」
「インフルエンザワクチンを6千万人も打ってるなんて……。どうしてみんな、簡単にだまされちゃうの?」
その末路が新型コロナの騒ぎである。


「コロナ後の世界なんて、見たくないよ」とちょっと捨て鉢に言っていた先生。
「インフルエンザワクチンだって、感染は防ぎません、重症化を防ぐためです、って厚労省もずっと言っているわけですよ。新型コロナワクチンも感染は防ぎません、ってはっきり言っているでしょ。それなのに、なんでワクチンをどんどんやるとこの騒ぎが収まると言えるんですか。詐欺だよこれ」
「新型コロナのおかげでね、病気での死亡率が下がってる。みなさん健康になった。コロナで超過死亡なんて出てないから。それより、出生率がものすごく下がっちゃったでしょ。去年で年間の出生85万人。今まだ100万人くらいかと思っていたら、ここへ来てガタガタと。戦後の一番多いときは、250万人生まれてるのよ。3分の1よ。この騒ぎでまた減ってる。自殺者も多い。こんな世の中見たくないって、やっぱり、言いたくなる」


公衆衛生はもう全滅させられている。ワクチンに行くしかないという路線ができてしまった……。本音では悔しさとむなしさでたまらなかったはずだ。でもそれでも、母里先生はつながったひとりひとりに希望を見つけようとしていた。「私はコロナで元気になった人なの」と言いながら、新しく出会った人たちとの会合に積極的に出かけていた。


「今回のことで、ワクチンに疑問を持つ人が多少なりとも増えたことはよかったことだと思うの。Facebookなどで同じ思いを持つ人とつながれるようになったことは、大きな希望だと思うから。消されちゃうにしてもね。Facebookに書いてくれる人も、先生のおかげでワクチン打たずにすみました、ひとつも打たずに元気です、ってメッセージを書いてくれる人もいる。そしてその人の子どもからまたリクエストが来たりするの。だから、ずっと言ってることが無駄ではなかった、という気がするのね。だから、言い続けなければならないと思ってます」


新しい本を作りましょう、と持ちかけたところ、やりましょう、と言ってくださった。
これまでの集大成として、ワクチンだけではなく、病気をどう考えるか、母里先生の考えを網羅したものにしたいと考えていた。
「うつる病気はだれのせい?」という仮タイトルをつけて企画書のメモを持っていくと、そうそう、そういうことよね、と先生は喜んでくれ、すかさず、
「『うつる病気にかかっちゃいけないの?』」
「『かかったら人間じゃなくなるの?』」
「そこまで言いたいよ」と。
「だって、コロナにかかって亡くなったら遺体に会うこともできないなんて。人間の葬儀じゃないと思うの。死人が他の人にうつしますか! 歩き回るわけでもなし」
先生の言葉に思わず唸っていると、「忘れないように書いておいて(笑)」。


つきつめていくと、先生のお話はいつもここに行き着く。

病気を過度に恐れて、人の尊厳を踏みにじることは、あってはならない。


――病気の怖さをあおるマスコミと過剰に反応する人々。そこには「病気を持った人」への差別や偏見、「我が身さえ安全であればよい」とする考えが潜んでいると思うのです。
 病気のイメージは、その時の政治がどう扱うかによって、人々の意識が左右されてしまうものなのです。
 人類はこれまで、数多くの病気を克服してきました。ワクチンもその功績の一つでしょう。けれど、いまだに病に対する不必要なおそれ、差別や偏見を克服してはいません。
 この点の解決をみなければ、いつまでたっても、人々は病気の不安に脅かされ、二〇〇九年の新型インフルエンザ騒ぎのようなばかばかしいことが繰り返されるでしょう。私たちは、病気やウイルスについて正しい知識を持ち、不必要におそれないようにしなければいけないのです。(『インフルエンザワクチンはいらない』2010年)――
                
春にまた船に乗り、旅に出るのを楽しみにしていた先生。それまでに刊行するつもりで原稿をまとめる作業をしていた。まだまだ時間があると思っていた。
富士山の見える先生の部屋で、読み合わせをしながら指導してもらうことは、もうかなわない。それでも、約束の原稿を今も書き続けている。なんだか、永遠に答え合わせのできない宿題を解き続けているような。
 でも、こうして母里先生の言葉を反芻しながら、文字を書き付けていくと、不思議と心は落ち着いてくる。「もう、わかるでしょ?」という先生の声が聴こえてくるような気がする。


母里先生の長年の同志である古賀さんは、「母里さんは船に乗って旅をしている最中と思うようにしたの」と。私もそう思おう。そういえば、先生はこんなことを言って笑っていた。
「もし今ワクチン打たないと、船に乗せないと言われたら? 医者連れてきて、空中にワクチン液飛ばして打ったふりして証明書だけもらう。だって一人分消費すればいいんでしょ。その場は従ったふりすればいい。悪法も法のうちなら、実害のないごまかしはやっていいのです。でもね。そうやってきたということは正々堂々と言い歩きますよ。それで言論統制で捕まったら、そのときこそ、居直ってやる(笑)」
 今頃、ワクチンのない世界で自由な旅を謳歌しておられるだろうか。


母里先生はたくさんの種をまいていかれた。種を受け取ったひとりとして、たとえ大きな花を咲かせることができなくても、一粒でも多くの種を取り、次の世代に引き継いでいかなければならないと思っている。「居直る」準備はできている。

                                 

                                         (2021年12月「コンシューマネット・ジャパン」HPに掲載)

 

 

 

 

 


 

人間は、わからないことはわからない、って言わなきゃいけない。

今は、なんでもわかって、科学で証明できるっていう体裁はとっている。

でも、ほんとうは、わからないことばっかりなんです。  

 

怖がらせればいくらでも病気はつくれるんですね。

健康をタネにして脅せば、

脅し方によっていくらでも脅せると思っている人がいるんです。

健康は一番大事なものですから。

 

歴史を振り返れば、これまでインフルエンザワクチンが役に立ったことは一度もありません。

 

ワクチンさえできれば、という幻想。詐欺ですよ。

 

               ・・・……「子どもと親のためのワクチン読本シリーズ 予防接種を考える75の話」より

 

ワクチンについて長年発言を続けてこられた母里啓子先生。私はライターとして文章に起こし、何度も本を作らせていただきました。次の本の準備をしている最中、母里啓子先生が亡くなられました。

3年がすぎ、やっと、母里先生の言葉を詰め込んだ本を作ることができました。

 

 

ロングセラー『子どもと親のためのワクチン読本』シリーズの姉妹編ができました! 

母里さんの生前の講演やインタビューのお話から、ワクチンを考える上で最も大切なことをピックアップ、そのままのセリフを収録しながら、解説を加えました。新型コロナや大人向けワクチンまで含め、前作よりさらに深く、わかりやすく、ワクチンというものを歴史的、体系的にとらえるための75の項目で解説しています。

巻末に収めた、母里さんへの最後のインタビュー「ワクチンさえできれば、という幻想」も収録。

医学監修は小児科医の山本英彦先生、本文内容についての監修と校正はコンシューマネット・ジャパンの古賀真子氏、副作用についてのアドバイスはワクチントーク全国の青野典子氏の協力を得て、執筆は既刊本と同じくライターの戸塚美奈が担当し、母里啓子+「子どもと親のためのワクチン読本」編集部編として編みました。

ぜひご一読ください。

 

【目次】

 

「ワクチン」は「病気を防ぐいいもの」と思っていませんか?

 1 ワクチンは今の健康を損なうリスクのあるものです

 2 ワクチンは「人の免疫」の代わりになるものではありません

 3 人は病気にかかりながら強固な免疫を作っています

 4 ワクチンの効果は案外短くてあてにならないもの

 5 多くのワクチンは感染を防ぐことができません

 6 「感染」と「発症」は違います 感染しても発症しない「不顕性感染」があります

 

ワクチンとはどういうものか知っていますか? ワクチンの作り方と副作用

 7 「注射器で打つ」ということはとても怖いこと

 8 副作用は「めったにない」それは「絶対にない」ことではありません

 9 ないことにされているワクチンの副作用

 10「接種後の異変」は、すべてワクチンの「害作用」

 11 わからないもの、解明されていないものが副作用です

 12 生ワクチンは「弱毒性」の病原体を体に入れるもの

 13 病原体を殺して作る不活化ワクチン

 14 不活化ワクチンの効果を高めるための添加物がアレルギーを誘発しています

 15 新しい強力なアジュバントが次々に登場 安全性は不明です

 16 遺伝子組み換え技術を使って作られる組み替えタンパクワクチン

 17 ワクチンで人体の自然の免疫の働きを狂わせている可能性があります

 18 mRNAワクチンは人の体の中で病気の種を作らせるもの

 19 経済のために、ワクチンの開発が進められています

 20 人の体にmRNAを直接入れるなどということは自然界ではありえないこと

 

インフルエンザワクチンという「商品」

 21 インフルエンザはかぜの一種です

 22 インフルエンザワクチンが効かない理由

 23 ウイルスの存在が知られていない大正時代にも作られたワクチン

 24 効かないから誰も打たなかったインフルエンザワクチン

 25 「やっぱりインフルエンザワクチンは効いていない」と、現場の声が高まりました

 26 義務接種から努力義務へーー予防接種裁判がワクチン政策を変えたのです

 27 「インフルエンザで高齢者が危険」という大宣伝

 28 免疫力の落ちた高齢者にワクチンは効きません

 29 「公費負担」が始まると職場での「強制」が始まりました

 30 「子どもが脳症になる」というおどしで幼児へも接種を拡大

 31 感染症の発熱に解熱剤を安易に使うべきではありません

 32 インフルエンザは自然に治る病気 通常は抗インフルエンザ薬は必要ありません

 33 抗インフルエンザ薬服用後の異常行動は「インフルエンザのせい」?

 34 鳥インフルエンザ報道であおられた新型インフルエンザの危機

 35 空騒ぎに終わった2009年の新型インフルエンザ騒動

 36 本物にかかれば、人の免疫記憶は一生残ります

 37 未来永劫、効果的なインフルエンザワクチンは作れない

 

それぞれのワクチンの必要性を考える

 38 定期接種は必要なものを選んで打てばいい

 39 BCGは肺結核を防ぐワクチンではありません

 40 百日せきワクチンは赤ちゃんの重症化を防ぐため

 41 破傷風トキソイドは環境によって必要とされる有効なワクチン

 42 ジフテリアは日本にはもう病気自体がありません

 43 ポリオは世界各国で根絶宣言が出されています

 44 麻疹ワクチンは有効なワクチン でも、はしかはもう死ぬ病気ではありません

 45 風しんワクチンが必要なのは妊娠を考えている女性です

 46 新型インフルエンザ騒動以降海外のワクチンが次々に導入されました

 47 ワクチンを打たない選択をする人を責める風潮

 48 ワクチンの統合が進んでいます 混合ワクチンは赤ちゃんのためですか?

 49 ヒブ、肺炎球菌などの常在菌にワクチンは必要?

 50 常在菌のいくつかの型を防いでも流行する型は別の型に移行していきます

 51 赤ちゃんのワクチンには大人のものより強いアジュバントが使われています

 52 いつの間にか現場の医師が始めた赤ちゃんの同時接種

 53 同時接種の安全性も接種間隔の設定も根拠は不明

 54 「乳児突然死症候群」という同時接種後の死亡報告が続いています

 55 B型肝炎ワクチンが必要なのはお母さんがキャリアの場合

 56 B型肝炎ワクチンは赤ちゃん全員に必要なワクチンではありません

 57 ロタっは死の危険のある病気ではありません ワクチンを打ってもかかります

 58 水ぼうそうを防ぐ水痘ワクチンは、本来健康な子どものためのワクチンではありません

 59 水ぼうそうも帯状疱疹も同じ水ぼうそうのウイルスによるものです

 60 おたふくかぜは小さい時にかかってしまうのが一番

 61 日本脳炎を発症する人はいないのにワクチンの副作用だけが出ています

 62 中止されていたワクチンの勧奨が再開されると再び副作用が増えてしまいます

 63 「がんを防ぐかもしれない」という仮説で作られた実験的なワクチン

 64 学校で症例され、テレビで宣伝された子宮頸がんワクチン

 

子どもと自分の大切な体のこと。自分で考えて、自分で決める

 65 天然痘の根絶はワクチンの接種率を上げたからではありません

 66 乳児死亡率が下がったのはワクチンのおかげではありません

 67 「怖い!」と思う情報にだまされない

 68 ワクチンはエチケットで打つものではありません

 69 医療行為は本人の意思による決定がなければ行えない

 70 「努力義務」は、「義務」でも「強制」でもない

 71 役所や国のいうことをすべて聞く必要はありません

 72 「自分で」考えて決めていますか?

 73 微生物と共存する知恵を

 74 病気にかかることをおそれすぎない

 

新型コロナについて 母里さん最後のお話

 75 ワクチンさえできれば、という幻想 

 

 

「子どもと親のためのワクチン読本」シリーズ           

予防接種を考える75の話      

母里啓子+子どもと親のためのワクチン読本編集部

監修 山本英彦

本体1600円+税

こちらの双葉社のサイトからAmazon、楽天ブックスなどに飛べます。

 

 

NHK朝ドラは、夫が録画して帰宅後観ているのを、夕飯の支度をしながら覗いている。

脚本が素晴らしい。

 

昨日、主人公が遠慮するときに放った言葉、

 

「お気持ちだけで!」。

 

これ、いいですね。

ありがたいお誘い、申し出、いろいろあって、

どうも私は断れないこまった人みたい。。

断れないまま、

恐縮するような頂き物をしてしまったり、

結果、相手に不快は思いをさせてしまったり。

若いころはこの性格のためにどれだけ失敗したことか。

 

「お気持ちだけで!」

笑顔でね。

 

うん。

これから使おうっと。

 

 

 

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台風の日に網戸の中に迷いこんできたちびヤモリ。

サッシを開けたらつぶしてしまいそうで、ときどき見守りながら放置。

暗くなったらいなくなっていた。ほっ。