日本のドラマにしてはめずらしく、新垣結衣のドラマはわりと見てきた。

 

マイ☆ボス マイ☆ヒーローは面白かった、空飛ぶ広報室はドラマとしてはベストの類だと思っている。

 

そんなわけで彼女の始まりから、現在まで見てきたと思うが、演技にはきついものがある。

 

ほとんどの役柄が、頑張っている新人、力がなくて悩んでいる人、という役柄ばかりなのである。未熟者が周囲の助けを得て頑張ってゆくというストーリーは典型的である。

 

「くちびるに歌を」でも同じような役柄だったが、なんぜもっと未熟な生徒たちが登場するもんで、まったくパリッとしなかった印象がある。所詮は彼女には生徒とやり取りする役柄は無理だったのである。ロビンウィリアムズの「いまを生きる」とはえらい違いである。

 

もちろん20台はそれでもいい。彼女の真価はそんな所にはないことは、生き恥で証明された。

 

同世代の注目すべき女優には、真田丸で特異な配役を演じた長澤まさみがいる。大河ドラマの中で、異質の存在ながら、作品全体にリズムを与えたり、流れに抑揚をつける役どころを要求され彼女なりの個性で応えた。

 

石原さとみはゴジラの中で、賛否両論あるが、印象深いことだけは疑いようがない。作品の中で立派な存在感を示したことは間違いない。

 

彼女たちにも、それしか演じられないのではないか、という話もあるが、それでも彼女たちはいろいろなものと戦っている。

 

なによりも彼女たちは顔の変化と向き合わなくてはならない。大変だろうよという気がする。それにどう対処するかは三者三様だ。

 

石原さとみがゴジラで浮いた役柄で見事に存在感を示した事と比べても、新垣結衣の映画は小ぶりな印象しかない。

 

だがそういう役柄を除けば、今回のぼさぼさの髪というのは、ちょっといい感じだ。いやちょっとではないか。すごくいい。当然だがエンディングの踊りが最高に魅力的だ。

 

この圧倒さはどこから来ているのかという話だ。2016 年の No1 を選ぶなら、やはり新垣結衣になってしまうのである。

 

振付はMIKIKO。知らないけどこの人の凄さが突出しているような気さえする。なんか幼稚園のお遊戯かという感じさえするのに、きっと踊りとしては難しいんだ。

 

なぜ彼女はあそこで踊っているのか、と深読みすれば、あれは彼女のプライベートビデオだという気がする。役柄で踊っているのではない。そこにいるのは正真正銘の新垣結衣だ。魅力的であることが彼女の正義だ。

 

日本の踊りと言えば、能だの歌舞伎だが伝統である。御国の時代には、あれがとっても魅力的だったわけだ。それが明治になって西洋の踊りが伝わると次第に芸術色を帯びてくる。高度でハイレベルな技術が求められてくる。圧倒的な才能だったり、身体能力に驚くのがダンスというものになってきた。

 

そこに、脱力系というか、楽しんで踊る、楽舞と呼ぶべきものが登場してきた。だとすれば、あの踊りの魅力は振り付けた人たちの、思想であったり、そこに込めた創造性というものに、実は驚いているのかもしれない。

 

日本人の芸術観は、明治以降にがらりと変わった。それまでの面白みとか可笑しみは失われ、背広を着た堅物のようなものに遷移している。明治以降の絵画には何かしらの緊張感が溢れている。

 

構図にしても1mmもずれてはいけないような探求性、ラインを探し出そうとする意志が感じられる。江戸時代みたいに手が勝手に動いたような自由気儘さはない。狙いに狙い、計算しつくして決めたような緊張感だ。

 

それとはまったく違う魅力を新垣結衣が醸し出している。その魅力は何か。

 

新垣結衣は恥じらいの女優である。

 

これに尽きる。それだけは他のどの女優よりも圧倒的なのである。ライトノベルでいう所の Over S 級である。

 

恥じらいの力はとても強い。風俗であれ、恥じらいがある嬢は素敵だ。AVも同じだ。だがタレントではこの能力は使いにくい。女優であればこそ強力な武器になるのだ。

 

と言うことは、この恥じらいの力が彼女の年齢によってどう変わってゆくかが見どころと言う事になる。それはとりもなおさず彼女が年齢とどう向き合ってゆくかと等値であろう。