私は1993年に銀行に一般職として就職しました。
最初の支店は表参道界隈、融資外国課に配属されました。
仕事をするつもりがまるでない一般職女性が先輩。
当初与えられた仕事は1日かけて資料をミシン目通りにカットして、
ファイルに綴る事。
「あんまり早くやらないでね。私が仕事してなかったように見えるから。。。」と先輩に言われ1ヶ月弱で根をあげました。
そして上司に直談判。
「女性の先輩のお仕事を取ってはいけないので、他の課員の方々の仕事をさせてください。」と。
その結果
指導員は総合職の男性に変更となり、
融資事務
決算書の仕組み・読み方
不動産担保の評価の仕方など
文学部出身の私にはハードルは高めでしたが、
時間つぶしの仕事よりも
何倍も何十倍も楽しかったことを今でも覚えています。
最初の支店に5年半在籍している間
カードローン・住宅ローンの受付・実行・督促といった
融資全般の仕事に従事するとともに、
外国通貨への両替・送金、輸入・輸出の貿易事務などの、
外国為替取引に関わる職務へとひろがりをみせました。
そして結婚。案の定、転勤。
※当時の女性行員には結婚=転勤→自主退職の公式がまかり通っていました。
2つ目の支店は品川界隈、配属は外国課。
課長(男性)1人、男性総合職1人、女性パート1名、そして私。
こじんまりした編成の割には取引量が多く、
男性陣の仕事の一部を引き受けていました。
途中で銀行の営業方針が変わり、
融資・外国為替・運用・営業を一括管理する課が再編されます。
その課で外国為替業務の経験者が私1人だったこともあり、
(権限こそありませんが)
かなり自由に幅広く仕事をさせてもらいました。
外国為替も運用も、
何もかもが楽しく吸収できる時期は
そう長くは続きませんでした。
やがて支店の統廃合。
私は店頭業務からはずれ、
外国為替を取り扱う事務センターへ移動になります。
発令を受けてから移動後数ヶ月は
銀行員時代でもっともどん底気分。
もはや、私に未来はないと、本気で思っていました。
続きます。
